雪が降り、君はもういない第2話
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優弥だったのだ。
その声に、私は思わず動きを止めた。どうして優弥がここに?
けれど考える暇はなかった。振り返りながら、私は思わず声を張り上げる。
「優弥様、兄さんはもう息が――!」
しかし優弥は、表情一つ変えずに言葉を続けた。
「動くなと言ったはずだ。俺の命令に背くつもりか?」
私は兄のほうを見る。酸欠で唇はすでに紫色に変わりかけていた。
身体が、考えるより先に動く。
「申し訳ありません、優弥様。今回の命令には……従えません」
男を蹴り飛ばし、そのまま兄のもとへ駆け寄って呼吸を整えさせる。
その瞬間――病室の空気が一気に張り詰めた。優弥の表情が、さらに暗く沈む。
「……いい度胸だな、美琴。やはり兄妹そろって、裏で手を組んでいたというわけか」
意味がわからず、私は思わず振り返る。
「優弥様……何を仰っているんですか?」
優弥は冷たく笑い、果物の入ったバスケットを床に放り投げる。
「ひよりがサーフィン中に海水を飲んで、苦しそうにしてたから、念のため病院に連れて来た。だが回復しかけたところで、突然激しく嘔吐して、そのまま意識を失った。
その直前に病室を訪ねてきたのは――君の兄だ」
私は息を呑む。
優弥の声がさらに低くなる。
「君が嫉妬心に駆られ、兄に毒を盛らせたんじゃないのか?美琴、今すぐ解毒剤を出せ」
その言葉を聞いた瞬間、兄がふらつく身体で私の前に立ち、はっきりとした声で言った。
「白橋社長、命にかけて誓います。私は毒など入れていません。斉藤さんがあなたのご友人だと聞いたから、見舞いに果物を持って行っただけです。この件は妹とも無関係です。どうか誤解を解いてください」
兄の性格は、誰より私が知っている。
子どもの頃、自分が空腹で苦しんでも、道端の物乞いに食べ物を分け与えるような人だった。
報復を受け、視力を失い、デザイナーになる夢まで奪われた今でも、誰かを恨む言葉を一度も口にしなかった。
そんな人が、理由もなく誰かに毒を盛るはずがない。
けれど優弥は、ただ薄く笑っただけだった。
「つまり、俺の勘違いだと?」
そう言って彼はポケットから、小さな銀の鈴を取り出して、軽く振った。
「ちりん」と、その音が響いた瞬間、私の腹の奥に激痛が走った。まるで無数の蟻が内側から血肉を噛み裂いていくような痛み。
思わず悲鳴が漏れ、膝から崩れ落ちる。
ボディーガードとしての経験が、即座に答えを導き出していた。
これは――かつて優弥の両親を死に追いやり、私が焼き払ったはずの毒虫の呪術だ。
私は震えながら優弥を見上げる。
「優弥様……どうして?」
優弥は、まるで当然のことのように言う。
「意外だったか?人の心は読めないからな。君が裏切られない保証はどこにもない。だから何年も前に、君の体には毒虫を入れておいた。死にたくなければ、解毒剤を出せ」
その言葉と同時に、痛みがさらに強まった。けれど、身体の痛みよりも、胸の奥の方がずっと痛かった。
十七歳のあの日から、私は自分の命を優弥に預けてきた。人を斬り、弾丸を受け、汚れ仕事も全部引き受けてきた。
愛されなくてもいいと思っていた。主従の関係でも構わなかった。それでも――信頼だけはあると思っていた。
なのに、私の存在は結局、毒虫で縛っておかなければならない狂犬でしかなかったのか。
「……知りません。解毒剤なんて、持っていません」
優弥の表情がさらに冷えた。
「美琴、俺を恨まないでくれ」
再び鈴を振ろうとした、そのときだった。病室の扉が勢いよく開き、看護師が駆け込む。彼女の手には一枚の紙が握られていた。
「白橋社長……検査結果が出ました。全部誤解なんです!斉藤さんは中毒じゃありません、重度の食物アレルギーです。マンゴーを口にしたことでアナフィラキシーを起こしただけで、今はもう意識も戻っています!」
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