雪が降り、君はもういない第3話
この話は約1444字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
その場の空気が、一瞬で変わった。
真相が明らかになり、私は腹を引き裂かれるような痛みに耐えながら、大きく息を吐いた。
――よかった。
けれど次の瞬間、背後で兄の身体が大きく震え、黒い血が吐き出される。
「兄さん?」
慌てて彼を抱き起こした私は、その異変に気づいて凍りついた。兄の体内にも――毒虫がいるのだ。
私は優弥に振り向く。
「優弥様……もう誤解は解けたはずです。どうして兄にまでこんなことを?」
しかし優弥は、ただ鼻で笑った。
「命は許してあげてもいいが、罰はきちんと受けてもらう。余計な物を持って行かなければ、ひよりがあんな目に遭うこともなかった。
今回は、その罰として、体内の毒虫の一部を刺激しただけだ」
私は言葉を失った。目の前にいる優弥が、まるで知らない人のように見える。
七年前、私は彼のために、一人で敵対一族の屋敷へ乗り込み、彼らを皆殺しにした。その夜から私は「血染めの薔薇」と呼ばれるようになった。
残党は復讐として放課後の兄をさらい、硫酸で両目を焼いた。兄はそのときさえも、優弥を一度も責めなかった。むしろ優弥の肩に手を置いて、「あなたのせいじゃない、自分を責めなくていい」と慰めていた。
なのに今――優弥は、知り合って三ヶ月もないひよりのために、兄を苦しめている。
胸の奥で何かが切れた。
気づけば私は、もう主従関係などを忘れて叫んでいた。
「何も見えない兄が、悪意を持って斉藤さんを傷つけるはずがないでしょう?仮に果物かごにマンゴーが入っていたとしても、兄は見えません。でも、斉藤さんは見えるでしょう?自分が何にアレルギーがあるかくらい分かっていたはずです!」
優弥の表情が一瞬だけ止まった。けれど次の瞬間、空気がさらに冷えた。
「美琴、最近ずいぶんと言うようになったな。自分の立場を忘れてないか?白橋家の当主はこの俺だ。そして君は、俺が飼っている犬に過ぎない。君に、俺の判断に口出しする資格はないのだ」
それだけ言うと、優弥は振り返ることもなく病室を出ていった。
――私は、彼が飼っている犬に過ぎない。
その言葉が胸の奥に落ち、私は思わず苦笑いした。
七年前、三発の銃弾を彼の代わりに受け、手術室で意識が途切れかけていたとき、優弥は泣きながら言った。
「美琴、死なないでくれ……頼む……君だけが頼りなんだ。君がいなくなったら、俺にはもう何も残らない。白橋家が立て直せたら――俺と一緒に、白橋家の主人として、一族を支えよう」
私はその言葉を信じていた。
けれど、彼を当主の座へ戻し、白橋家を再び頂点へ押し上げたあと、唯一の頼りだった私は、彼に飼い慣らされている犬に成り下がった。
だが、今の私に悲しんでいる時間はなかった。私はぐったりした兄を抱き上げ、救急室へ走った。
「先生、お願いします!いくらでも払います!兄を助けてください!」
けれど先頭に立っていた医師は苦しそうに目を伏せた。
「上杉さん……お気持ちは分かります。ですが、白橋社長から指示が出ています。あなたのお兄さんの手術を引き受けた者は、A市で働けなくなると。私たちにも家族がいます……申し訳ありません」
頭の中が真っ白になった。
優弥は、ひよりのために兄を見殺しにするつもりなのか。
兄の呼吸がどんどん浅くなる。私は奥歯を強く噛み締め、そっと兄をベッドに寝かせると、そのままひよりの病室へ向かった。
優弥に頼むしかない。
兄は私や白橋家のために、あまりにも多くのものを失った。こんな形で死なせるわけにはいかない。
扉を勢いよく押し開けた、その瞬間――私は立ち止まった。
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