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雪が降り、君はもういない第1話

この話は約3933字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

天才経営者と称される白橋優弥(しらはし ゆうや)は生まれつき身体が弱かった。少し歩けば息が上がり、走ると咳き込み、一時間でも薬を切らせば喀血して倒れてしまう――そんな体だった。

それでも、海川市界隈の名家において、誰一人として彼を軽んじる者はいない。

理由は簡単だ。

優弥のそばには、常に私、上杉美琴(うえすぎ みこと)がいたからだ。

私は――彼のために働く、最も鋭い剣。

十七歳のとき、私はまだ九歳だった優弥を連れて敵の追跡をかいくぐり、命からがら逃げ延びた。二十三歳になる頃には、彼の地位を脅かす相手をすべて排除し、二十八歳では、白橋家のために数百億規模の案件を獲得して、没落しかけていた家を再び名門の頂点へ押し上げた。

気がつけば十一年、私はずっと彼のそばにいた。

幼い頃からの、唯一の友人として。彼の身代わりになって三発の銃弾から守ってあげた恩人として。そして――彼の欲望が暴走しそうになった時の、捌け口として。

周囲の人間には、私たちが闇の中で絡み合うイバラのようだと言われてきた。いつ婚約が発表されても不思議ではない――そう思われていた。

あの女、斉藤ひより(さいとう ひより)が現れるまでは。

彼女は秘書として優弥の前に現れ、彼を外の世界へ連れ出した。夜の街を走り抜けるドライブも、バンジージャンプも、一万メートル上空からのスカイダイビングも、雪山でのスキーも――それまで優弥が一度も経験したことのなかった刺激を、次々と彼に教えていった。

私は最初、それを深く気にしていなかった。

長いあいだ狭い世界に閉じこもっていた彼の遊びたい気持ちが、くすぐられていただけなのだろうと思っていたからだ。

けれど――

優弥とひよりが海で溺れたというニュースが速報に上がり、私は救助のため現場へ向かった。

そしてそこで、信じられない光景を見ることになる。

異性との接触を極端に嫌っていたはずの優弥が、岸辺で目を真っ赤にしながら、何度も何度もひよりに人工呼吸を続けていたのだ。

私は思わず、自分の手元を見下ろした。

十一年という長い年月の中で、私は一度も、彼の手に触れたことがない。

思わず、乾いた笑いがこぼれた。

――そうか。

彼は身体的接触が嫌いだったわけじゃない。血にまみれた私の手に、触れたくなかっただけなんだ。

* * *

天才経営者と称される白橋優弥(しらはし ゆうや)は生まれつき身体が弱かった。少し歩けば息が上がり、走ると咳き込み、一時間でも薬を切らせば喀血して倒れてしまう――そんな体だった。

それでも、海川市界隈の名家において、誰一人として彼を軽んじる者はいない。

理由は簡単だ。

優弥のそばには、常に私、上杉美琴(うえすぎ みこと)がいたからだ。

私は――彼のために働く、最も鋭い剣。

十七歳のとき、私はまだ九歳だった優弥を連れて敵の追跡をかいくぐり、命からがら逃げ延びた。二十三歳になる頃には、彼の地位を脅かす相手をすべて排除し、二十八歳では、白橋家のために数百億規模の案件を獲得して、没落しかけていた家を再び名門の頂点へ押し上げた。

気がつけば十一年、私はずっと彼のそばにいた。

幼い頃からの、唯一の友人として。彼の身代わりになって三発の銃弾から守ってあげた恩人として。そして――彼の欲望が暴走しそうになった時の、捌け口として。

周囲の人間には、私たちが闇の中で絡み合うイバラのようだと言われてきた。いつ婚約が発表されても不思議ではない――そう思われていた。

あの女、斉藤ひより(さいとう ひより)が現れるまでは。

彼女は秘書として優弥の前に現れ、彼を外の世界へ連れ出した。夜の街を走り抜けるドライブも、バンジージャンプも、一万メートル上空からのスカイダイビングも、雪山でのスキーも――それまで優弥が一度も経験したことのなかった刺激を、次々と彼に教えていった。

私は最初、それを深く気にしていなかった。

長いあいだ狭い世界に閉じこもっていた彼の遊びたい気持ちが、くすぐられていただけなのだろうと思っていたからだ。

けれど――

優弥とひよりが海で溺れたというニュースが速報に上がり、私は救助のため現場へ向かった。

そしてそこで、信じられない光景を見ることになる。

異性との接触を極端に嫌っていたはずの優弥が、岸辺で目を真っ赤にしながら、何度も何度もひよりに人工呼吸を続けていたのだ。

私は思わず、自分の手元を見下ろした。

十一年という長い年月の中で、私は一度も、彼の手に触れたことがない。

思わず、乾いた笑いがこぼれた。

――そうか。

彼は身体的接触が嫌いだったわけじゃない。血にまみれた私の手に、触れたくなかっただけなんだ。

……

気づけば、優弥の人工呼吸に助けられ、ひよりは意識を取り戻していた。

「ひより……よかった。本当に……心臓が止まるかと思ったよ」

優弥の安堵しきった声を聞くと、ひよりは返事をする代わりに私へちらりと視線を向け、挑発するように小さく笑った。そしてそのまま、両手で優弥の頬を包み込み――唇を重ねた。

周囲から一斉に歓声が上がる。

私は少し離れた場所で、ただその光景を見ていた。

胸の奥が、静かに軋んだ。

十一年間、彼のボディーガードとしてそばにいた私はよく知っている。優弥がどれほど異性との接触を嫌っていたか。

髪がわずかに触れただけでも、熱い湯で何度も身体を洗い直し、皮膚が裂けるほど擦り続けるような人だ。

たとえ理性を失いかけた夜でさえ、それでも彼は何重にもラップを巻いて、決して私の肌に直接触れようとはしなかった。

それでも私は待っていた。彼が過去の影を乗り越える日を、心から私を受け入れてくれる日を待ち続けていたのだ。

けれど、十一年待っても、その日は来なかった。

ひよりは、三ヶ月もかからなかったのに。

彼女はまるで火のようだった。優弥の胸に積もっていた氷を、あっけないほど簡単に溶かしてしまった。

これまでの十一年間、私は沈黙することに慣れていた。感情を隠すことにも、闇の中で動くことにも、両手が血に濡れることにも。彼のためなら、自分がどれほど汚れてもいいと思っていた。

けれど、ひよりは違う。

彼女はまるで太陽みたいだった。いつも明るく笑って、次から次へと面白い話を口にして、彼を笑わせていた。

私は彼女のように話題を見つけることができなければ、人を楽しませることもできない。

私の人生で一番大事なのは、優弥を守り、それを繰り返し続けること。ひよりのように彼にときめきを与え、楽しい世界を見せることなど――私にはきっと、一生かかっても真似できないだろう。

そして、白橋家はすでに頂点へ返り咲き、優弥が誰かに狙われることもなくなった今、敵を仕留めることしかできない剣は、もう必要ないのかもしれない。

しばらくして、空は暗く沈み、細かな雨が降り始めていた。

ひよりの腕の中からようやく離れた優弥が顔を上げ、傘を差したまま立っている私に気づく。

「……美琴?来てくれてたんだ」

その表情に浮かんだ笑みが、ほんのわずかに固まった。私がここにいるとは思っていなかったのだろう。

胸の奥に込み上げてくるものを押し込めるように、私は一度深く息を吸い、何事もない顔で歩み寄ると、彼のために用意した傘を差し出した。

「優弥様。傘を」

優弥はそれを受け取ろうとして、申し訳なさそうに小さく笑った。

けれど、その指先が傘の柄に触れかけた瞬間、ほんのわずかに止まる。そして私の手に触れないよう、わざと角度を変えて反対側から握り直した。

たとえ手袋越しでも、ほんの一瞬でも、彼は私に触れようとはしなかった。

おそらく、それは本能に近い行動だろう。私は思わず苦笑いをこぼした。

優弥も私の表情の変化に気づいたようで、何か言いかける。

「美琴、俺は……」

けれど私は首を横に振って、その言葉を遮った。

「私のことなら気にしないでください。まずは斉藤さんを家まで送ってあげましょう」

それだけ言うと、私は傘も差さず、そのまま雨の中へ歩き出した。

背後では、ひよりの明るい声が弾む。

「ねえ優弥さん、私、体調は大丈夫ですし、サーフィンの続きをやりましょうよ」

優弥は生まれつき身体が弱く、しかも高いところが苦手だ。昔、山中に身を隠していたときなど、足が震えて一歩も動けなくなったことすらある。

ましてやさっき、命の危険にさらされたばかりだ。慎重な優弥が、そんな提案を受け入れるはずがない――

そう思ったのに。

「……まったく、君には敵わないな」ため息まじりに、優弥は笑った。「でも約束だ。安全対策はちゃんとすること。さっきみたいなことがまた起きたら……本当に困るんだから」

その声には、はっきりとした甘さが混じっていた。

私は思わず足を止める。

たった三か月。それだけの時間で、人はここまで変わるものなのか。あんなふうに笑って、あんなふうに人と軽口を交わして、まるでごく普通の人みたいに。

本当なら、喜ぶべきことだ。

だが今、胸の奥に残ったのは、言葉にならない苦さだけだった。

しばらくして、私は小さく首を振り、そのまま病院へ向かった。兄、上杉安彦(うえすぎ やすひこ)の見舞いに行くためだ。

七年前、私が何度も優弥を守ったことへの報復として、白橋家の敵は兄を狙った。その結果、兄は両目の視力を失い、身体もすっかり弱ってしまった。

せめて少しでも元気になってもらいたくて、私は兄が好きな店のクッキーを買った。

「兄さん、今日は――」

病室の前でいつものように笑顔を作り、扉を開けたその瞬間だった。

手にしていた紙袋が、足元に落ちる。

病室の中で、マスクをした男が兄の首を両手で締め上げていた。兄の顔はすでに紫色に変わりかけている。

「兄さんを離して!」

私は反射的に駆け出そうとした。

そのとき、背後から聞き慣れた声が鋭く響いた。

「美琴、動くな!」

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