赤ん坊の心が読める猫に転生した件第2話
この話は約1791字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
「美月、そんなこと気にしなくてもいいんじゃないか?茶々丸は何かに驚いただけだろう」
陽介はすぐに美月の注意を逸らそうとした。
腕の中の赤ん坊を看護師へ預けると、足早に美月の前へ立ち、その視界をさりげなく遮る。
「君は出産を終えたばかりなんだ。身体も弱ってる。こんなことで気を張っちゃ駄目だ。
森川さんにそこのゴミを片づけてもらうよ。それと茶々丸も診てもらおう」
どこまでも思いやりに満ちた口調。
美月に向ける視線もすごく優しかった。
風花もすぐに頷く。
「そうよ、美月。分娩室は血の匂いがするし、あなたにも赤ちゃんにも良くないわ。その袋は私が片づけるよ。茶々丸もあれを見て興奮してるだけかもしれない」
そう言って、風花が黒いビニール袋へ手を伸ばした。
その瞬間、私の怒りゲージが一気に振り切れた。
(待て待て!親友のふりをしてるだけのあなたが、しゃしゃり出てくるんじゃない!美月に寄生して、ご飯も全部おこぼれで生きてきたくせに、今度は美月の娘まで奪う気か?
その子に指一本でも触れてみろ。今すぐその化けの皮、ひっぺがしてやる!)
私は床を蹴ると、バネのように身体が宙へ跳ね上がる。
風花の指先が袋へ触れる、その寸前――
私は一直線に飛び込み、首元めがけて鋭い猫パンチを繰り出した。
「きゃあっ!」
風花の悲鳴が響く。
鋭い爪が首に巻かれたシルクのスカーフを真っ二つに裂いた。
ひらり、と布が床へ舞い落ちる。
その下から現れたのは、天然石のペンダントがぶら下がるネックレスだった。
美月の瞳が大きく見開かれた。
そのペンダントは透き通るような翠色をしていて、最高級の翡翠で作られたものだ。
そして縁には、小さなヒビが一つ。
そのペンダントを、美月は知っている。
3年前、海外で4億で競り落とし、陽介の30歳の誕生日に贈った、世界に一つだけのプレゼント。
それを受け取った直後、陽介が誤ってぶつけ、小さな傷をつけてしまった。
ひどく落ち込む彼に、美月は笑って言ったのだ。
欠けた分だけ厄落としになる、と。
あの時のプレゼントがどうして今、風花の首に掛かっているのだろうか?
部屋が水を打ったように静まり返る。
美月の呼吸が目に見えて乱れ始めた。彼女は風花の胸元から、一瞬たりとも目を離せない。
「……風花」
冷たい声だった。
「そのペンダント……どこから手に入れたの?」
風花の顔からサッと血の気が引いた。反射的に胸元を押さえる。
「こ、これは、その……通販で買った模倣品で……
美月、誤解しないで。陽介さんが持ってるものと似てるのはわかってるけど、本当に可愛いから買っただけなの」
額から汗を流したのは、風花だけではなかった。
陽介の額にも冷や汗が滲む。
彼は慌てて風花を自分の後ろへ引き寄せ、その姿を隠すように立ちはだかった。
「美月!まさか……俺を疑ってるのか?」
傷ついたような表情で叫ぶ。
「俺は米沢家の婿になって3年間、君のためだけに生きてきた!どんなことでも君を最優先にして、一度だって逆らったことはない!
それなのに、猫が暴れたくらいで……しかも似たようなアクセサリー一つで俺を疑うのか?」
陽介の目は赤く潤み、声まで震えている。
演技とは思えないほどの振る舞いだった。
「それに、杉浦さんは君の一番の親友じゃないか!今日だって誰より君を支えてくれていたのに、そんな疑いを向けるなんて……出産で疲れすぎて、少し混乱してるんじゃないのか?」
美月の唇が小さく震える。
陽介は今まで、完璧な夫だった。優しくて、誠実で、非の打ち所がない。
だからこそ、美月の心は揺らぎ始める。
その瞬間、私はまた赤ちゃんの声が聞こえた。
(パパ、すごーい!うまくあのバカ女を丸め込めた!
早くあのゴミ袋を捨てちゃえ!あの子が死ねば、米沢家のお嬢様は私になるんだから!)
その言葉に私の堪忍袋が切れた。
陽介も風花も、美月をどこまでバカにすれば気が済むのだろうか。
私は再び黒いビニール袋へ飛びつくと、袋の端を思い切り噛み、力任せに引きずった。
(美月!騙されないで!袋!この袋を見て!)
ガリガリガリ――
ビニール袋が床を擦る音が響く。
そして、裂け目から、小さな泣き声が漏れた。
「う……あ……」
かすれるほど弱々しい声。
それでも、静まり返った部屋では十分すぎるほどはっきり聞こえた。
美月の身体がビクリと震える。
信じられないものを見るように、ゆっくりと黒いビニール袋へ視線を向けた。
――あの袋の中から、物音がした。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)