記憶喪失のふりで家族に養子だと騙された第2話
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また「自分の立場をわきまえろ」か。
その言葉は、まるで呪いのように俺につきまとってきた。
幼い頃は育ての父から、今は実の父から、何度も同じ言葉を浴びせられる。
全身から力が抜け、俺はうつむいた。
これ以上、無意味な言い争いを続ける気にはなれなかった。
手のひらに入り組んだ線を見つめていると、幼い頃に手相を見てもらったときのことを思い出した。
その人は、俺は生まれつき運がなく、身内との縁も薄いと言った。
当時はまだ幼く、言われた意味も分からなかったが、育ての父は笑っていた。
「慎は本当に運のない子だな」
確かに、これまでの人生はあの手相占いのとおりだった。
それでも、俺はずっと運命など信じていなかった。
葉月と結婚し、杏奈が生まれてからは、なおさら自分が不運だとは思わなくなった。
だが今日になって、どれほど望んでも手に入らないものがあるのだと、ようやく分かった気がした。
涙がこぼれそうになり、俺は必死にこらえた。
こんなところで泣くわけにはいかない。まして、こいつらの前で弱みを見せるなど、まっぴらだった。
深く息を吸い、俺は笑って言った。
「俺に財産を奪われるのがそれほど怖いなら、神崎家とは縁を切る」
葉月と父は言葉を失い、驚いた顔で俺を見た。
修平だけは、喜びを隠そうともしていなかった。
「何だと?」
最初に我に返ったのは父だった。
怒りをあらわにして声を荒らげた。
「神崎家と縁を切るだと?お前……もう一度言ってみろ!」
修平はすぐに父の腕を支え、慌てたように言った。
「父さん、怒らないで。慎はきっと、ずっと前からそうするつもりだったんだ。養子とはいえ、神崎家は何不自由なく暮らさせてきた。それなのに恩を仇で返すなんて、本当に恩知らずだよ」
一瞬迷いを見せていた父も、修平の言葉を聞いて完全に考えを固めたようだった。
俺を見る目が、たちまち失望に変わった。
「そうか。そこまで言うなら、好きにしろ!あとで後悔しても知らないぞ!」
こんな家族と縁を切って、何を後悔するというのだろう。
それまで黙っていた葉月が、突然口を開いた。
声を和らげ、なだめるように言った。
「慎、勢いで決めないで。お義父さんも頭に血が上がっているだけよ。家族なんだから、そこまで言う必要はないでしょう?」
俺は鼻で笑った。
「葉月、今さら善人ぶるな。さっきまで一緒になって俺を責めていただろ」
葉月の表情が一気に険しくなった。
「慎!せっかく止めてあげているのに、その態度は何なの!」
「ママ、慎おじさん、けんかしないで」
杏奈がおずおずと葉月の服を引き、顔を上げて尋ねた。
「これから慎おじさんは、もう一緒に暮らさないの?ずっとパパとママと3人でいられるの?」
杏奈がパパと呼んでいるのは、修平だった。
葉月は答えず、ただ俺をじっと見つめていた。
修平はしゃがんで杏奈の額に口づけると、優しい声で答えた。
「もちろんだよ。これからはパパとママと杏奈、家族3人だけだ。もう邪魔する人はいないよ」
そう言って、挑発するように俺を見た。
はしゃぐ杏奈の姿を見て、胸の奥が重くなった。
これが、俺が命懸けで守った娘なのか。
俺が引き止めようとしないことに気づくと、葉月の表情はさらに険しくなった。
「慎、やっぱりあなたには反省する時間が必要ね。しばらく家には帰ってこないで。娘にも会わせない。自分が何をしたのか、きちんと考えてから戻ってきて」
思わず笑いが漏れた。
「葉月、何を言ってるんだ?杏奈が俺の娘だとでも?さっき、俺はただの叔父だと言ったのはお前だろ」
葉月の顔がみるみる赤くなり、言葉に詰まった。
結局、俺をきつく睨みつけると、全員を連れて病室から出ていった。
静まり返った病室で、枕元にキャンディが一つ置かれているのに気づいた。
俺が意識を失っている間に、葉月が置いたのだろう。
幼い頃からつらいことばかりだったせいか、俺は甘いものが好きだった。
どれだけ甘くても、嫌になることはなかった。
指先で包み紙を弄ぶと、かすかな音が静かな病室に響いた。
それを聞きながら、昔のことを思い返した。
愛情とは無縁の環境で育った俺にとって、誰かに愛されることは、ひどく遠いものに思えた。
人をどう愛せばいいのかさえ、分からなかった。
だから葉月に思いを告げられたときも、最初は戸惑うばかりだった。
それでも彼女は諦めず、優しさと思いやりを向け続け、少しずつ俺の警戒心を解いていった。
俺たちの間にあった距離を、葉月のほうからほとんど埋めてくれた。
この世界には、本当に俺を愛してくれる人がいる。
そう信じられたからこそ、俺も最後の一歩を踏み出した。
その一歩の先に、幸せがあると信じていた。
それは、俺が神崎家に引き取られるまでのことだった。
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