記憶喪失のふりで家族に養子だと騙された第1話
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娘の誕生日を祝おうと出かけた途中、俺たちは交通事故に遭った。
意識を取り戻した俺――相沢慎(あいざわ しん)は、病床を囲む家族を見渡し、冗談を口にした。
「すみません。どちらさまですか?」
笑いをこらえながら、記憶を失ったふりをする俺に、みんながどんな反応をするのか見てみたかった。
父や妻の藤崎葉月(ふじさき はづき)が心配そうに俺の手を握るのか。それとも、娘が泣きながら「パパ」と飛びついてくるのか。
ところが、彼らは一瞬驚いたあと、揃って安堵の表情を浮かべた。
最初に口を開いたのは父だった。どこか肩の荷が下りたような声で言った。
「忘れたなら、かえって好都合だ。実はお前は神崎家の養子で、修平が本当の息子なんだ」
葉月も俺を指し、娘に言った。
「この人のことは、慎おじさんと呼びなさい」
衝撃で何も言えずにいる俺の目の前で、命懸けで守った娘は振り返り、神崎修平(かんざき しゅうへい)の胸へ飛び込んだ。
「パパ!今日は一日中遊びに行ってたから、会いたかった!」
俺の「記憶喪失」は、彼らにとってまさに好都合だったのだ。
それなら、こんな偽りだらけの関係など、もう何もかも捨ててしまえばいい。
* * *
「杏奈、これからはママの言うことを聞くのよ。もう慎おじさんに甘えたりしないで」
葉月は複雑な目で俺を見つめていたが、そこに罪悪感も後ろめたさも見えなかった。
杏奈(あんな)は葉月の腕の中から顔をのぞかせ、ためらいがちに俺を見た。
そして、無邪気な声で呼んだ。
「慎おじさん」
その呼び名が胸の奥に突き刺さり、鈍い痛みがじわじわと広がった。
修平が病床の前まで来ると、責めるように言った。
「慎、俺も葉月も仕事で忙しいんだ。少し子どもを見てもらっただけなのに、どうしてこんなことになるんだ?杏奈が無事だったからよかったものの、もしものことがあったら責任を取れたのか?本当に、お前は何一つまともにできないんだな」
修平が言い終えると、俺がずっと認めてもらおうとしてきた父も、すぐさま同調した。
「修平、そんな言い方はやめなさい。こいつは神崎家の血を引いていないんだ。何をやらせても優秀なお前とは違う。こればかりは、持って生まれたものなんだろう」
父はため息をつき、誇らしげな目で修平を見ながら、その肩を叩いた。
胸の内が冷え切っていった。
神崎家の本当の息子は俺だ。
修平は、俺の20年以上にわたる人生を奪った家政婦の息子だった。
当時、家政婦は自分の息子に裕福な暮らしをさせるため、生まれたばかりの俺たちを入れ替えた。
俺はその家で育てられ、事あるごとに殴られたり罵られたりした。
何度も聞かされたのは、いつも同じ言葉だった。
「神崎修平を見てみなさい。あの子こそ本物の御曹司よ。あんたなんか足元にも及ばない。身の程をわきまえて!」
やがて真相が明らかになり、俺は神崎家に引き取られた。
これでようやく苦労が報われると思っていた。
それなのに実父は、俺が記憶を失ったと思った途端、いとも簡単に俺を切り捨てた。
「慎、聞いてるの?」
葉月の声で、俺は過去の記憶から引き戻された。
彼女は冷たい声で続けた。
「杏奈が言ってたわ。運転中ずっとスマホを見ていたから、ガードレールにぶつかったんでしょう。杏奈がシートベルトをしていたからよかったものの、もしものことがあったらどうするつもりだったの?叔父として何をしていたのよ!」
俺は信じられない思いで娘を見た。
事故が起きた瞬間、俺は助手席の杏奈をかばいながら反射的にハンドルを切り、運転席側からガードレールに衝突した。
額をハンドルに打ちつけ、割れたガラスで腕を切ったが、杏奈は無傷だった。
それなのに、命懸けで守った娘は今、幼い声で悪意に満ちた嘘をついている。
「俺はスマホなんか見てない!」
起き上がろうとした拍子に傷が痛み、思わず息を詰めた。
「こんな子どもが嘘をつくとでも言うの?」
葉月の声が一段と大きくなった。その目には、露骨な嫌悪が浮かんでいた。
「慎がこんなに反省できない人だったなんて、今まで気づかなかった。よくもそんな見え透いた嘘がつけるわね!」
俺は口元をゆがめ、自嘲気味に笑った。
「子どもだって嘘はつく。現に、こんなにうまくついてるだろ」
修平はわざとらしく目を見開いた。
「慎、杏奈に向かって何を言うんだ!まだ子どもだぞ!まさか、わざと事故を起こして杏奈を殺し、神崎家と藤崎家の財産をすべて奪うつもりだったんじゃないだろうな?」
あまりにも荒唐無稽で、言葉も出なかった。
父の顔色がたちまち変わった。
俺を指さし、憎々しげに吐き捨てた。
「慎、よく聞け!そんな浅ましい考えは捨てろ!自分の立場をわきまえろ!」
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