見間違えられた双子第2話
この話は約1540字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
颯真の顔が、目に見えて険しくなった。眉間に皺を寄せ、そのまま澪の手首をつかむ。
「澪、どうしたんだよ。前はこんなことで意地張ったりしなかっただろ」
澪は答えず、手首をつかむその手へ目を落とした。
節の整った、長い指。
街を歩けば何度もこの手に引かれ、泣いた夜には涙を拭ってもらった。どれほど人がいても、颯真だけは真っ先に澪を見つけてくれた。
かつては、触れられるだけで安心できた手だった。
「意地になってるわけじゃないよ」
静かに返すと、颯真は澪の顔をしばらく見つめ、やがて手を放した。声も少しだけやわらぐ。
「……分かった。今日は気が立ってるんだろ。先に休めよ。勢いで決めないで、話は明日にしよう」
澪は何も言わず、その脇を抜けて階段を上がった。
あれは、腹立ちまぎれに口にした言葉ではない。
自分を大切にしない家族も、もう自分を見ようとしなくなった恋人も――これ以上、手放せずにいる理由がなくなっただけだ。
翌朝、澪は市役所の人事委員会事務局へ向かった。
市職員の採用試験では、筆記も面接も1位。すでに最終合格し、採用候補者名簿の上位に載っている。あとは正式な採用連絡を待つだけのはずだった。
実家の会社へ入れば、働き口そのものには困らない。けれど、そこへ戻れば玲奈の尻拭いを押しつけられ、結局は家族の都合から逃れられない。
だからこそ澪は、ずっと前から市職員の採用試験に向けて準備を続けてきた。
ここだけは、自分の力でつかんだ居場所。
今度こそ、玲奈には奪われない――そう思っていた。
窓口で名前を告げると、担当の職員は手元の書類と画面を何度も見比べた。やがて眉間に深い皺を刻み、小さく息をつく。
「藤宮澪さんですね?」
「はい」
「……少し、こちらを確認していただけますか」
机の上へ差し出されたのは、採用手続きの保留を知らせる文書だった。
【藤宮澪氏について、飲酒運転による交通事故および事故後の立ち去りに関して捜査を受けていることが確認されたため、事実関係が明らかになるまで採用手続きを保留する。採用予定日までに確認が取れない場合は、採用を見送ることがある】
末尾には、市の公印が押されている。
澪は文字を追ったまま、しばらく顔を上げられなかった。
「……私、飲酒運転なんてしていません。最近は車にも乗っていません」
自分でも分かるほど、声が震える。
職員は困ったように表情を曇らせた。
「こちらでも断定しているわけではありません。ただ、現在の記録上はあなたが事故の当事者として扱われています。異議がある場合は、警察で事実関係を確認したうえで、その資料を提出してください。
採用予定日までに確認が取れれば再検討できます。ただ……日程そのものを延ばすことはできません」
澪は文書を受け取った。
紙を持つ指先だけが、ひどく冷たかった。
どうやって建物を出たのか、ほとんど覚えていない。
人の行き交う正面階段の前で立ち尽くしていると、目の前へ黒い車が滑り込んできた。
窓が下がり、颯真が顔をのぞかせる。澪を見つけた途端、その目元がふっと緩んだ。
車を降りてきた颯真は、何のためらいもなく澪の手を取る。
「家に迎えに行ったらいなかったから、ここだと思った。そんなに急がなくてもいいだろ。時間ができたら一緒に来るって言ったのに」
澪はその手を抜き取り、持っていた文書を差し出した。
「これ、どういうこと?」
颯真は紙へ目を落とし、一瞬だけ目を見開く。けれど、すぐに思い当たったような顔になった。
「ああ……それか」
あまりにも軽い反応に、澪は息を止めた。
「数日前、玲奈が酒を飲んだあと、俺の車で人にぶつけてさ。怖くなって、そのまま走り去ったらしい」
そして何でもないことのように続ける。
「車のナンバーから俺に連絡が来て。確認したらお前だと思って、そのまま対応した」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)