見間違えられた双子第1話
この話は約2949字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
私、藤宮澪(ふじみや みお)は、恋人の篠崎颯真(しのざき そうま)とウェディングフォトの前撮りをする約束をしていた。ところが当日、朝から待っても颯真は迎えに来ない。
昼を過ぎ、さすがに連絡しようとスマホを手にしたとき、先に目に入ったのはSNSの新着通知だった。
投稿したのは颯真。開いた先には、ウェディングフォトが何枚も並んでいた。
サテンのウェディングドレスをまとい、私と同じ顔で微笑んでいたのは、双子の姉・藤宮玲奈(ふじみや れな)。
そして写真には、ひと言。
【やっと、あなたの「好きな人」として、みんなに知ってもらえた】と添えられていた。
* * *
澪が画面の一文を見つめたまま動けずにいると、颯真から電話がかかってきた。
「悪い、澪。玲奈をお前だと思って、そのまま連れてきちゃった」
受話口から聞こえるのは、いつもと変わらない穏やかな声だった。
「もうスタジオに入っちゃってるし、カメラマンにも急かされてる。今から迎えに戻る時間はないんだ。お前たち、顔はそっくりなんだから、黙ってれば誰にも分からないよ」
澪は何も返せず、スマホを握りしめた。指の関節が白く浮く。
――また、この言葉。
もう20年以上、聞かされ続けてきた。
幼い頃、賞を取ったのは澪だったのに、両親は玲奈だと思い込み、旅行へ連れていったのも姉だけだった。中学では玲奈の無断欠席が澪のものとして処理され、処分まで澪の記録に残った。
高校では寝る間も惜しんで勉強し、難関大学のサマープログラムへの参加枠を勝ち取った。それでも両親が連れていったのは玲奈で、帰ってきてからも悪びれもせず言った。
「間違えたのよ。玲奈を澪だと思ってたの」
その夜、澪は階段の踊り場にうずくまり、息ができなくなるほど泣いた。
見つけてくれたのは颯真だった。まだ少年だった彼は澪を抱き寄せ、頭に顎をのせるようにして、迷いなく言った。
「澪。俺だけは絶対、お前を誰かと間違えたりしない」
その言葉どおり、颯真はどんな人混みの中でも真っ先に澪を見つけた。玲奈を澪と呼ぶことも、一度もなかった。
――ある学校行事の日までは。
澪と玲奈がたまたま同じ白いワンピースを着ていたその日、颯真は初めて玲奈に向かって「澪」と呼びかけた。
それを境に、人違いは少しずつ増えていった。初めのうちは、そのたびに真剣に謝っていた颯真も、いつしか「ごめん」のひと言で済ませるようになり――今日に至っては、前撮りの相手を姉と間違えても、「顔は同じなんだから、黙っていれば分からない」と言うだけだった。
澪が何も言えずにいると、受話口の向こうから玲奈の声がする。
「颯真、ちょっと来て」
「うん、今行く」
玲奈に返した声だけが、ひどくやさしい。けれど澪に話を戻したときには、もう何事もなかったような調子だった。
「じゃあ澪、もうすぐ終わるから。終わったら帰る。玲奈はお前の代わりに1日付き合ってくれたんだ。今夜はちゃんと飯を作って、礼くらい言えよ」
そこで通話は切れた。
暗くなった画面に、澪の顔だけが残る。
颯真が玲奈を自分と間違えるようになってから、澪は姉と似た服を避けてきた。服は地味に、言葉も少なく。少しでも玲奈とは違う自分でいようとした。
そうすれば、もう間違えられずに済むと思ったから。
けれど、何も変わらなかった。
澪はそっと目を閉じ、ふっと笑う。
――私とお姉ちゃんって、そんなに同じに見えるのかな。
それなのに、どうして褒められるときはいつも玲奈で、責められるときだけ私の名前になるんだろう。
スマホの電源を落とし、澪は家を出た。
髪をプラチナブロンドに染め、ワインレッドのワンピースを選ぶ。鏡の中には、これまでとはまるで違う自分がいる。
不思議と、鏡の中の自分を初めて素直にいいと思えた。
――悪くない。
家へ戻ると、リビングは賑やかだった。
父の藤宮和臣(ふじみや かずおみ)と母の藤宮美沙子(ふじみや みさこ)は、玲奈を囲んで前撮りの写真を眺めている。
「本当にきれいね。玲奈は写真映えするわ。澪だったら、こんな雰囲気は出せなかったでしょうね」
嬉しそうに笑う美沙子に、和臣も当然のように頷いた。
「同じ顔でも、華が違うからな。澪は昔から、どうにもぱっとしない」
澪は表情を変えず、リビングへ足を踏み入れた。
物音に気づいた颯真が振り返る。
「澪、どこ行ってたんだ?玲奈は今日、お前の代わりにずっと撮影して、まだ何も食べて――」
澪の姿を目にした瞬間、その先が途切れた。
「お前……髪、染めたのか?」
美沙子も顔を上げるなり、眉をひそめる。
「澪、その髪どうしたの?またそんなことにお金を使って。昔から本当に手がかかるんだから。少しは玲奈を見習いなさい」
澪は、呆れを押し込めるように唇の端をわずかに上げた。
玲奈は毎月、少なくない額の小遣いを当然のように使っている。それを咎められたことなど一度もない。一方の澪は、大学4年間ずっとアルバイトを続け、家にお金を頼らずに過ごしてきた。
そんな自分が、自分で稼いだお金で髪を染めた。それだけで「無駄遣い」らしい。
足を止めないまま、澪は淡々と返す。
「どうせ私が何をしたって、お姉ちゃんのほうがいいって言うんでしょう?
だったら、せめて無駄遣いばかりする娘らしくしておかないと。言われ損じゃない?」
そう言って、染めたばかりの髪を指先で軽く払った。
「それに、いつも私とお姉ちゃんの見分けがつかないって言ってたけど、これならもう間違えないよね?さすがに髪の色まで見間違わないでしょ」
美沙子の顔が険しくなる。
「澪!お母さんに向かって、何て口の利き方なの!」
玲奈はすぐに立ち上がり、美沙子の腕に手を添えた。
「澪、お母さんにそんな言い方しちゃだめよ」
「私、何か間違ったこと言った?」
和臣は顔を真っ赤にして立ち上がると、勢いよく手を振り上げた。
「親に向かって、何だその口の利き方は!」
澪には避ける間もなかった。けれど、その手が頬へ届くより先に、颯真が前へ出て和臣の手首をつかむ。
「おじさん、落ち着いてください」
父を制してから、颯真は澪へ向き直った。
「澪、今日のことで怒ってるんだろ。悪かった。明日、2人で撮り直そう。だからって、家族にまで当たるなよ」
そう言いながら、テーブルに置かれていたタブレットを取り、澪の前へ差し出す。
「結婚式の装花も決めてきた。お前の好きなものにしてある。ほら、見てみろよ」
少し前までの澪なら、颯真が結婚式の話を持ち出すだけで胸が弾んだ。今日のことだって、きっと「仕方ない」と飲み込んでしまっただろう。
けれど今は、画面をひと目見ただけで、静かにタブレットを押し返した。
「私、紫は好きじゃないよ」
颯真を見上げ、ひと呼吸置く。
「それに、アイリスはアレルギーで無理なの」
アイリスが好きなのは玲奈。そんなことは、この家の誰もが知っているはずだった。
颯真の表情が、わずかに強張る。
澪は彼の脇を抜け、階段へ向かった。
「それ、お姉ちゃんの好きな飾りつけでしょ。だったら式も、お姉ちゃんと挙げれば?」
階段に足をかけたところで、颯真が追いつき、澪の前へ回り込む。
「澪。怒ってるのは分かる。でも、そんな冗談はやめろ。俺が結婚するのは、お前だけだ」
澪は足を止め、しばらく彼を見つめたあと、ほんの少し笑った。
「だったら、颯真もお姉ちゃんにあげるよ」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)