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舟はもう、君を待たない第2話

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隣にいた慎吾は怒りで目を真っ赤にしていたが、俺はそんな彼を引き止めた。

新しい舟の進水式が終わると、そのまま舟の上で祝いの宴が始まり、皆で酒を酌み交わすことになった。

近くでは、通りすがりの人たちまで足を止めて見物していた。

「また一組、夫婦になるんだね。立派な婚礼舟だなあ」

「おめでとう!」

誰かが大声で祝福する。

直樹は船首に立ち、未桜の手を握った。

「未桜、僕、もう一つ誕生日のお願いがあるんだ」

わざと周囲に聞かせるかのような大きな声に、その場にいた全員が一斉に彼へ目を向けた。

「僕……7日間だけ、未桜に僕の彼女になってほしい!」

その瞬間、場が一気に沸いた。

「付き合っちゃえ!」

「いいじゃん、受けちゃえよ!」

未桜は思わず笑い出し、その手を握り返した。迷う素振りなど、ほんの少しもなかった。「約束だからね。7日間だけよ」

最初から最後まで、彼女の視線が俺に向けられることは一度もなかった。

直樹はさりげなく俺を一瞥すると、口元の笑みをさらに深くした。

事情を知っている友人たちの視線が、時折こちらへ向けられる。

同情する者、面白がる者、憐れむ者。

これじゃ、俺はもう元彼も同然だ。そんな俺がこれ以上ここにいるのもおかしいだろう。

そう思って歩き出そうとしたとき、未桜に呼び止められた。「晃平、もう帰るの?」

「ああ。元彼がここにいたら、邪魔だろ」

彼女は眉をひそめた。

「変なこと言わないで。ただ直樹のちょっとしたお願いを聞いてあげてるだけでしょ。

先にタクシーで帰ってて。このあと直樹を家まで送らなきゃいけないから。夜、蟹おこわを買って帰るから。家で待ってて」

そう言うと、彼女は俺のバッグから車のキーを取り出し、再びあの賑やかな宴の中へ戻っていった。

その後ろ姿を見つめていると、結局、目の奥が少しだけ熱くなった。

家に帰ってしばらくすると、直樹から動画が送られてきた。

動画の中で、直樹は酒に酔ったのか顔を真っ赤にしていた。

周囲から囃し立てられ、その勢いのまま未桜をぎゅっと抱きしめた。

誰かがからかうように言った。「未桜、もういっそのこと結婚式も直樹と挙げればいいじゃん!晃平なんかより、うちの直樹のほうがずっといいだろ!」

直樹は笑いながら、形ばかりにたしなめた。「お前、飲みすぎだろ」

未桜はただ笑みを浮かべてその様子を見ているだけで、否定はしなかった。

続いて、メッセージが届いた。【晃平さん、どうして先に帰っちゃったんですか?動画送りますね。晃平さんも一緒に楽しんだ気分になってください!】

不思議なことに、そんなものを見ても、もう心は少しも波立たなかった。

俺はただ、動画に映る手漕ぎ舟をぼんやりと見つめていた。

未桜は昔、何度も俺の耳元で言っていた。

婚礼の舟は、この水郷で暮らす恋人たちにとって一生に一度の大切なものだから、何一つ妥協したくない、と。

甲板には檜を使う。両側の船べりには俺が一番好きなアイリスの花を飾る。舟の幌は俺自身がデザインする――

やっぱり、少しだけ心残りはあった。

ずっと楽しみにしていたものだから。

ただし、未練があるのは人ではない。

あの舟のほうだった。

未桜が帰ってきたのは、もうかなり遅い時間だった。

彼女は両手に何も持たず、玄関から入ってきた。

俺と目が合うと一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐにこちらへ歩み寄り、いつものように俺を抱きしめた。

その瞬間、きつい男物の香水の匂いが鼻を突いた。

俺が最後に香水をつけたのは、5年前だった。

あのとき未桜は眉をひそめて言った。「男のくせに香水なんかつけて、気持ち悪くない?」

今日になって初めて分かった。

どうやら彼女が「気持ち悪い」と感じるかどうかは、相手次第だったらしい。

彼女は俺を見つめ、相変わらず優しい声で言った。「ちょっと遅くまで盛り上がっちゃった。まだ寝てなかったの?私を待ってた?」

俺は答えず、ただ尋ねた。「俺の蟹おこわは?」

未桜は俺を見ようともせず、そばにあったコップを手に取って水を一口飲んだ。

「直樹を送っていく途中で、食べてみたいって言われたから、あげちゃった。

また今度食べればいいじゃない。ね?」

これで三度目だった。

俺が食べたいと言ったのは、もう半月も前のことだ。

未桜は買ってくると約束し、実際に三度買ってはいた。

一度目は、買って帰る途中で直樹に呼び出され、そのまま彼の部屋探しに付き合った。

二度目は、直樹が職場で仲間外れにされているからと、未桜は彼に付き添って焼肉を食べに行った。

そして、今日が三度目。

俺は小さく息を吐き、胸に込み上げる苦しさを押し込めた。「未桜。俺たち、別れよう」

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