私を見捨てた男は、仮面をつけてもう一度愛を取り戻す第2話
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迅の顔から、笑みが消えた。
「真白。たかが部外者一人のことで、俺とここまで争うつもりか?」
真白は答えなかった。
指からゆっくりと婚約指輪を外すと、そのまま背を向けて立ち去った。
車に乗り込むと、見覚えのない番号から着信があった。
「葉山さんでいらっしゃいますか。帝都黒崎家の者です。長年行方が分からなくなっている当家のご子息について、何かご存じではないでしょうか」
ハンドルを握る真白の手に、力がこもった。
迅は決して口にはしなかったが、本当の両親を見つけたいと願っていることを、真白は知っていた。
だから彼女は、ずっと人知れず迅の家族を捜していたのだ。
そして数日前、ようやく事実を突き止めた。
迅は、20年前に仇敵の手で拉致された、帝都黒崎家の御曹司だった。
本当なら半月後、迅の誕生日パーティーで打ち明け、驚かせるつもりだった。
古い価値観を重んじる黒崎家に、迅が裏社会で生きてきた過去をどう受け入れさせるか。その方法まですでに考えてあった。
迅に、自分か家族かの二者択一を迫らずに済むように。
だが、もう必要ない。
「お教えしても構いません。ただし、条件があります」
真白は静かに告げた。
「半月後、彼を帝都へ連れ戻してください。
そして二度と、湊都へ戻さないで」
電話を切ると、真白はアクセルを強く踏み込み、自分のシマへ戻った。
仕事に没頭すれば、心の痛みを感じずに済むと思った。
最後の書類を閉じたときには、もう深夜だった。
広いオフィスには、自分の呼吸音しか聞こえない。無理に押し込めていた感情が、その静寂を突いて一気に溢れ出した。
真白は車のキーを掴み、黒砂海岸へ向かった。
そこは、地下レースの聖地だった。
限界を超える速度の中にいれば、自分が人間であることを忘れられる。血が通い、痛みを感じる生き物だということを、ほんのひととき忘れられる。
「これはこれは、葉山の女王様じゃねえか」
ねっとりとした声が割り込んだ。
「どうした?振られた憂さ晴らしにでも来たのか?」
剛の弟分、三野隆(みの たかし)だった。
迅が佳純のために剛のシマを潰したことで、両者の間には消しようのない遺恨が生まれている。
真白は、まぶたを上げることすら面倒そうに言った。
「よほど死に急ぐのね」
三野は遠くの断崖を指し、陰気な笑みを浮かべた。
「少し遊ぼうぜ。たった一周だ。負けたほうが、自分で車を崖から落とす。どうだ?」
命を賭けた勝負だった。
辺りは一瞬で静まり返り、すべての視線が真白へ集まった。
「いいわ」
その声は穏やかで、わずかな倦怠さえ帯びていた。
次の瞬間、2台の車が弦を離れた矢のように飛び出した。
最初のカーブへ入ったところで、真白はブレーキに細工されていることに気づいた。
風に乗って三野の嘲笑が聞こえた気がした。それでも彼女は意に介さず、アクセルを限界まで踏み込んだ。
賭けてみたかった。死神に、この命を奪う度胸があるのかどうかを。
真白の車は先にゴールラインを駆け抜け、そのまま制御を失って断崖へ突進した。
その瞬間、横から鋭い光が割り込んだ。
轟音が炸裂した。
銀灰色のスポーツカーが真白の車へ体当たりし、崖まで10メートルもない場所で、無理やりその進路を止めた。
エアバッグが開き、衝撃に頭を揺さぶられ、視界がぐらりと歪んだ。
どうにか顔を横へ向ける。
ほとんど原形を失ったスポーツカーから、迅がこちらへ歩いてくるのが見えた。
迅はドアを開け、手を差し出した。
「真白、降りろ」
声はひどく掠れていた。
額から流れた血が、パジャマの襟元を赤く染め上げている。
傷だらけになったはずの真白の心は、思わず締め付けられた。
彼女は迅の手に、自分の手を重ねた。
真白が無事だと確かめるなり、迅は振り返り、三野の顔面を拳で殴りつけた。
「てめえ、死にたいのか!」
「獅堂、頭がおかしいんじゃねえのか!」
三野は血の混じった唾を吐き捨てた。
「昨日は水瀬の女のために俺の兄貴分を殺しかけて、今日は葉山相手に一途な男のふりかよ!」
その言葉で、真白は一気に現実へ引き戻された。
これ以上、こんな茶番は見ていたくない。彼女は背を向け、歩き出した。
胸が痛むことと、許すことは別だ。
「真白!」
迅は慌てて追いつき、真白の手首を掴んだ。
「もう怒るな。気が済まないなら、俺を何発か殴ってもいい」
怒っているわけではない――そう言いかけたとき、怯えを含んだ女の声がした。
「迅……」
二人が振り向く。
白いパジャマ姿の佳純が、少し離れた場所に立っていた。髪は乱れ、片方の靴はどこかで脱げたらしく、足元は裸足だった。
「ごめんなさい。お二人の邪魔をするつもりはなかったんです……」
佳純は唇を噛み、目を赤くした。
「あなたが電話を受けて、慌てて出ていったから。何かあったんじゃないかと心配で、あとを追ってきました」
そう言うなり、佳純はその場から駆け出そうとした。
迅は眉を寄せ、数歩で追いついて彼女を止める。
「走るな。足元は割れたガラスだらけだ」
真白は、二人を静かに見つめた。
黒と白。まるでカップルのようなペアのパジャマが、夜闇の中で、痛々しいほど目に刺さった。
自分は、ずいぶん大切にされているらしい。こんな美人をそばに置きながらも、忘れずに助けに来てくれたのだから。
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