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私の偽装死で、夫が一夜で白髪になった第2話

この話は約1246字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

……笑える。

幸せな暮らしだと思っていたものは、最初から蜃気楼だった。

いま、手の中の大判焼を見ても、もう食指は動かなかった。

「食欲、ない」

箱を脇へ置こうとすると、隼人が手で止めた。

「どうした?……もしかしてさ。俺が先に梓を助けたこと、まだ怒ってるのか?

ごめん……あのとき、本当に見間違えたんだ。だから先に……」

まっすぐ頭を下げる隼人に、胸の奥が冷えていく。

見間違えた?本当に都合のいい言葉だ。

じゃあ、水の中のキスも、見間違えたってこと?

嘘も百回言えば、真実になるとでも思ってるの?

私は口元を引きつらせて、薄く笑った。

「うん。わかってる。だから、それに怒ってないよ」

「機嫌が直った」とでも思ったのか、隼人はほっと息を吐いて、優しく言う。

「何が食べたい?シェフに作らせるよ」

スマホを取り出したとたん、隼人の顔色がわずかに変わった。

「ごめん、会社で急用ができた。あとでまた来る。

食べたいものは秘書に言って。すぐ届けさせるから」

そう言い残すと、私の返事も聞かずに隼人は出ていった。

彼と入れ替わるように、今度は梓からDMが届く。

【ついてきて。いいもの見せてあげる】

行けば、心が折れる光景が待っている。頭ではわかっていた。

それでも私は、何かに引かれるみたいにタクシーを拾って、隼人のあとを追った。

案の定、隼人は梓の家の前で降りた。玄関のドアは閉まりきっていなくて、隙間から中が見える。

ソファに腰を下ろした隼人が、梓の指先をそっと持ち上げていた。

豆粒ほどの切り傷——たったそれだけで、彼は胸が痛むように眉を寄せた。

「何やってんだよ。りんごを剥いただけで指切るとか……」

口では文句を言いながら、それでも隼人の手は当然のように救急箱を開けた。傷口を丁寧に消毒し、包帯をくるくる巻くと、今度は包丁を握り、りんごを剥き始める。視線を手元に落としたまま、甘やかすように笑って言う。

「俺がいなかったら、どうすんだよ」

その言葉、前は私にも言っていた。

なのに今は、同じ温度で梓に向けている。

利用されているって知っていたのに。別の女に優しくする隼人を見た瞬間、胸がきゅっと締まった。

手を引こうとした梓は困ったふりをした。

「隼人のお嫁さんは彩音さんだよ。私なんかより、彩音さんを大事にして……」

けど隼人はその手を掴み、迷いなく言い切った。

「バレないよ。ずっと隠してきた。俺はただ、梓を守りたい。そばにいたいだけなんだ。

そうだ。A市の大判焼、食べたいって言ってただろ。買ってきたんだ。梓の好きな、こしあんのやつ」

取り出したのは、綺麗な箱。中には大判焼がぎっしり。

私はちょっと泣きそうになってきた。

——二つ、買ってたんだ。

私に渡したのは、あり合わせの包装。

けど梓には、贈り物みたいな箱。

わかりやすい。私の分は「ついで」だった。

私は隼人の中で、梓の代わりですらなかった。

ぼうっとしている間に、隼人は梓の頬に両手を添えて、身を屈めた。

唇が、重なる。

最初だけ拒むふりをしていた梓は、すぐにそれを受け入れた。

二人はもう、誰にも引き離せない。

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