私が死んでから、世界は私を愛し始めた第2話
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「ここで甘やかしたら、いつまでたっても変わらない。俺たちは俺たちで楽しもう。あいつの電話なんかで、気分を台無しにする必要はない」
小春はうつむいた。その口元に得意げな笑みが浮かんだことを、蒼真は知らない。
暖かなカフェで向かい合う二人を、柔らかな照明が包んでいた。
その頃、冷え切っていく私の身体は、街の片隅に置き去りにされたままだった。
警察はもう一度、関係者への連絡を試みた。今度は蒼真だった。
電話はすぐにつながった。
「柊木蒼真さんでしょうか。水城日和さんのことで――」
「今度は何をしたんですか。もう、あいつと話すことはありません。二度と俺に連絡してくるなと伝えてください」
それだけ言うと、彼は警察からの番号を着信拒否にした。
とうとうすべての音が消えた。
……
私の遺体は、引き取り手のないまま霊安室に置かれた。
最初の二日間、私はまだ期待していた。
母が、私の話は嘘ではなかったと気づいてくれるかもしれない。
蒼真が、私がわがままを言ったのではないと気づいてくれるかもしれない。
けれど、待っていた私が目にしたのは、何度も繰り返される悪い冗談のような光景だけだった。
私は、二十年以上暮らした家へ戻った。
リビングでは、母が作ったばかりの温かいカレーを小春に差し出しながら、腹立たしげに話していた。
「最近の詐欺って、本当にたちが悪いのね。警察のふりをして、日和が交通事故で死んだなんて言うのよ。お金をだまし取るつもりに決まってるから、すぐ切ってやったわ。縁起でもない」
母は水を一口飲み、さらに続けた。
「それに比べて、小春は優しいわね。私が嫌な思いをしたからって、毎日そばにいてくれるんだもの。日和にも、小春の半分くらい思いやりがあればよかったのに」
楽しげに話す母の前では、私の存在など空気よりも希薄だった。
いや、空気以下だ。
空気なら、母が息をするために必要とされる。私はただ、縁起が悪いと思われているだけだった。
「小春、外は冷えてきたでしょう。新しいコートを買っておいたから、着てみて」
小春は素直な娘を演じるように答えた。
「ありがとう、おばさん。本当に優しいね」
「何を言ってるの。日和もあなたくらい聞き分けがよかったら、どれだけ楽だったか」
母はため息をついた。その言葉には、私への嫌悪があふれていた。
その光景を見ているうちに、遠い昔のことを思い出した。
小春が初めて我が家へ来た頃、彼女は痩せて小さく、いつも人の後ろに隠れていた。
私の新しいワンピースを欲しがり、大切にしていた人形を壊しては、母の背中に隠れて泣いた。
母はいつも言った。
「日和のほうが年上なんだから、少しくらい譲ってあげなさい」
あの頃、私の味方をしてくれたのは蒼真だけだった。
小さな英雄のように私の前へ立ち、小春に言ってくれた。
「これは日和のものだ。勝手に取るな」
壊されたものと同じ人形を、こっそり買ってくれたこともある。
不器用に私を慰めながら、彼は言った。
「日和、もう泣くなよ。泣くとすごく不細工だぞ」
あの頃の蒼真は、私の世界に差す、たった一筋の光だった。
いつから、その光は別の人だけを照らすようになったのだろう。
たぶん、小春が蒼真の前で初めて低血糖を起こし、倒れた日からだ。
蒼真は慌てて彼女を抱き上げ、病院へ駆け込んだ。戻ってきた彼は、私を責めるような目で見た。
「日和、小春は体が弱いんだ。もう困らせるなよ」
それを境に、すべてが変わった。
小春のか弱さは、彼女にとって何より強い武器になった。
そして私が見せる感情は、どれもわがままの一言で片づけられた。
数日後、これ以上遺体の保管を続けることはできなくなった。
自治体は警察と連携し、必要な手続きを経て、私を火葬することになった。
担当していた小谷警部補は、私の資料を見ながら、深いため息をついた。
「まだ、こんなに若いのに……」
彼は火葬の日にも立ち会い、自分で用意した白い菊を供えてくれた。
引き取り手のない遺骨として、私は公営霊園の合葬墓へ納められた。
空は重く曇り、細い雨が降っていた。
家族も友人もいない。
そこにいたのは、手続きを担当した自治体の職員と、数人の警察官だけだった。
墓誌には、私の名前が小さく刻まれていた。
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