私が死んでから、世界は私を愛し始めた第3話
この話は約1488字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私は彼らに向かって、深く頭を下げた。
ありがとう。
死んだ私に、最後まで人として接してくれて。
それにしても、死んだあとまで他人の手を煩わせるなんて、申し訳ないな。
魂には涙がないらしい。それでも胸の奥は、雨水で満たされたように冷たく、重かった。
このまま消えていくのだと思った。
けれど、そうはならなかった。
わずかに残った未練が鎖となり、とうに嫌いになったこの世へ、私を固くつなぎ止めていた。
見届けたかった。
あの人たちが、聞き分けの悪い私のことを、いつ思い出すのか。
……
半月後、母はようやく異変に気づいた。
私に電話をかけても、電源が切れている。
LINEを送っても、既読にならない。
少しずつ不安になっていったはずなのに、口調は相変わらず強気だった。
「あの子、本気で私に意地を張るつもりね。いつまで続くか見ていようじゃない」
母は蒼真に電話をかけた。
「蒼真くん、最近、日和に会った?あの子、もう半月も帰ってこないし、電話もつながらないの」
蒼真の声には、かすかな後ろめたさがにじんでいた。
「おばさん、俺も会ってません。あの日以来、日和からは連絡がなくて……」
「恩知らずな子!」
母は怒鳴った。
「今まで育ててもらっておいて、こんなことで家出するなんて!」
そばにいた小春が、切った果物を載せた皿を持ってきた。
「おばさん、そんなに怒ったら体に悪いよ」
そう言ったあと、彼女は何かをためらうように視線を揺らした。
「小春、何か知っているの?」
母はすぐに食いついた。
小春は下唇をかみ、しばらく迷うそぶりを見せてから、小さな声で答えた。
「実は……何日か前に、日和さんを見かけた気がするの」
「会ったの?どこで?」
母と、電話の向こうの蒼真が同時に問い返した。
「駅前のショッピングモール。声をかけようと思ったんだけど……」
小春はますます声を落とした。
「日和さん、男の人と一緒だったの。すごく親しそうで……」
「え?」
母の声が一気に大きくなった。
「私に気づいたら、すごく怒った顔をして、その人の腕を引いて行っちゃった。やっと私たちから解放された、新しい人生を始めるんだって……そんなことも言ってた気がする」
小春の声は泣き出しそうに震えた。
「おばさん、ごめんなさい。私、言わないほうがよかった?日和さん、きっとまだ私を恨んでるんだよね。私さえいなければ、家を出たりしなかったのに……」
「あなたのせいじゃないわ!」
母は厳しい声で遮り、小春を抱き寄せた。
「悪いのはあの子よ。自分が恥知らずなことをしておいて、あなたのせいにするなんて!」
電話の向こうで、蒼真は黙り込んだ。
顔を見なくても、どんな表情をしているか想像できた。きっと顔をこわばらせ、こめかみの青筋をぴくぴくさせているに違いない。
支配欲の強い彼が、私がほかの男と一緒にいると聞いて、平静でいられるはずがない。
「おばさん、心配しないでください」
蒼真の声は冷え切っていた。
「俺が必ず見つけます。どこの誰と一緒にいるのか、この目で確かめてやりますよ」
電話を切ったあとも、母は誰もいない空間へ悪態をつき続けた。
「恩知らずにもほどがあるわ。男と逃げるなんて、自分がどれほどのものだと思ってるの。小春はこんなに体が弱いのに、少しくらい譲ってあげることもできないなんて」
私は宙に浮かんだまま、黙って聞いていた。
お母さん。
あなたの本当の娘は、私なのに。
少しでいいから、私を見てほしかった。
きちんと愛してほしかった。
それだけを願った私が、いったい何を間違えたのだろう。
小春の体が弱いことを心配するなら、一度でも考えてくれたことはある?
あなたの娘は、もうとっくに冷たい灰になっているんだよ。
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