私が死んでから、世界は私を愛し始めた第1話
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死ぬ間際、私・水城日和(みずき ひより)は恋人の柊木蒼真(ひいらぎ そうま)に助けを求めた。
「蒼真、助けて……お願い……」
電話の向こうから返ってきたのは、苛立ちを隠そうともしない声だった。
「日和、今度は何のつもりだ?自殺騒ぎなら、もううんざりだ」
その背後で、従妹の朝倉小春(あさくら こはる)の甘ったるい声がした。
「蒼真くん、駅南口のお店のキャラメルラテが飲みたいな」
蒼真の声が、たちまち優しくなった。
「わかった。今から行こう」
通話は切れた。
そして、私の心臓も止まった。
やがて魂だけになった私は、宙を漂いながら眺めていた。
命を懸けて愛した人たちが、私が死んでから、吐き気がするほどの愛情を演じる姿を。
笑うしかない。
短い生涯のすべてを費やして、誰も差し出してはくれない愛を乞い続けていただけだった。
* * *
私の魂は、重さを失ったように宙を漂っていた。
白いシーツをかけられた自分の身体が、救急車で運ばれていくのを見送った。
警察署の保管室では、私のスマホが透明な証拠品袋に入れられ、ぽつんと置かれていた。
制服姿の警察官が二人、所持品を確認している。
「先輩、まだ電源が入っています」
若い警察官が袋越しに画面をのぞき込んだ。壁紙は、私と蒼真が並んで写った写真だった。
蒼真は明るく笑い、私の肩を抱いて、頬を寄せている。
誕生日に、私が無理を言って撮ってもらった写真だ。一生、壁紙にすると決めていた。
今となっては、悪い冗談にしか見えない。
「恋人とうまくいっていなかったのかな」
年配の警察官の小谷警部補は画面に目をやり、静かにつぶやいた。
スマホにはロックがかかっていなかった。彼は通話履歴を開き、家族への連絡を試みた。
私はその隣に浮かび、妙に冷静な気分で眺めていた。
さて、最初に誰にかけるのだろう。
小谷警部補が、連絡先に「母」と登録された番号を押した。
呼び出し音が長く続いた末、ようやく母が出た。
「もしもし?こんな夜中に誰ですか」
ひどく不機嫌な声だった。
「水城日和さんのお母様でしょうか。こちらは所轄署の交通課です。日和さんが交通事故に遭われ、搬送先で――」
「詐欺でしょ!」
母の甲高い声が、説明を遮った。
「そういう悪質な手口、いい加減にしたら?お金なら一円も払いませんから!」
小谷警部補は一瞬言葉を失ったが、すぐに説明を続けた。
「お母様、詐欺ではありません。娘さんは本当に――」
「日和が何ですって?どうせまた、あなたたちまで巻き込んで芝居をしているんでしょう。もう騒ぐのはやめなさいと伝えてください」
声には、娘に対するものとは思えないほどの侮蔑がにじんでいた。
「小春は体が弱いのよ。ラテを飲みたいと言ったから、蒼真くんが付き添った。それの何が悪いの?警察まで使って騒ぎ立てるようなこと?みっともない真似はやめて、さっさと帰ってきなさい!」
ぶつりと電話が切れた。
小谷警部補の顔に、困惑と憐れみが浮かぶ。
胸のあたりが鋭く痛んだ。魂になっても、心は痛むらしい。
お母さん、私、本当に死んだんだよ。
もう騒いだりしない。
もう二度と……帰ることもない。
その頃、蒼真は温かいキャラメルラテを朝倉小春(あさくら こはる)に手渡していた。
「熱いから気をつけろよ」
私には一度も向けたことのないような、優しい声だった。
小春は一口飲み、満足そうに目を細めた。
「ありがとう、蒼真くん。おいしい。でも……日和さん、まだ怒ってるかな。さっき電話してきたし、何かあったんじゃない?」
「放っておけ」
蒼真は眉を寄せた。
「あいつに大した用なんかない。俺に帰ってきて、機嫌を取れと言いたいだけだ」
小春は唇をかみ、怯えたような顔を作った。
「でも……」
「でもじゃない。日和のことなら、俺がいちばんよくわかってる」
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