真夏に消える彼第2話
この話は約2134字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
13時間のフライト中、私は一睡もできなかった。
頭の中では、花奈のアカウントで目にした光景が、何度も繰り返されていた。
米村花奈――大学時代の4年間、毎日のように一緒にいた親友。
卒業後、彼女は何も告げずに海外へ渡り、私たちは次第に連絡を取らなくなった。
まさかこんなにも惨めな形で、再び私の人生に踏み込んでくるとは思いもしなかった。
飛行機が着陸すると、私はまっすぐビーチへ向かった。
花奈が2時間前に、SNSを更新していたのだ。
【昨夜、優太がビーチに行きたいって言ったら、今朝早くパパが来てくれたので、さっそく出発!】
人混みの向こうに、夏央の姿を見つけた。
私とのペアルックは子供っぽいと言って嫌がっていた彼が、今は派手なおそろいの親子コーデに身を包んでいる。
花奈は小走りで彼に追いつくと、背伸びをして、食べかけのアイスクリームを彼の口元へ差し出した。
夏央はわずかに顔をそらし、眉をひそめた。
私の手のひらに、ぎゅっと力が入る。
彼は甘いものが大嫌いだった。
あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
ミルクティーを飲み終えた私が、ただ彼にキスしようと顔を近づけただけで、夏央は露骨に眉をひそめ、容赦なく私を押しのけた。
甘ったるい味がすると、思考の邪魔になる――そう言ったのだ。
それなのに今は――
「甘すぎるだろ」と苦言を呈しながらも、彼はおとなしく顔を寄せ、花奈が持つ残り半分のアイスクリームを口に入れた。
人との境界線を厳格に守り、いつだって冷静で節度を失わなかった夏央が、誰かのためにこれほど譲歩することもあるのだ。
一瞬、私のほうが他人の幸せな家庭をこっそり覗き見ている、日の当たらない侵入者のように思えた。
「それが、あなたの言っていた『どうしても抜けられない特別プロジェクト』なの?」
私は三人の背後から声をかけた。
振り向いて私の姿を認めた瞬間、彼らの顔に浮かんでいた笑みが凍りついた。
夏央は反射的に左へ一歩踏み出した。
花奈と男の子を、自分の背後へしっかりとかばうように。
「小暖、どうしてここに?」
その本能的なまでの庇護する姿が、目に突き刺さるように痛かった。
私は唇の端を引きつらせた。
「あれ?三人家族の休暇を邪魔しちゃった?」
男の子は夏央の服の裾を固く握り締め、今にも泣きそうな声で尋ねた。
「パパ、どこかに行っちゃうの?」
夏央は男の子の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だ。パパはどこにも行かない。ここでずっと優太と一緒にいるよ」
花奈は顔を青ざめさせ、震える唇を開いた。
「小暖、これには事情があるの。説明を――」
私は鼻で笑った。
「何を説明するの?親友の恋人を奪うために、どれだけ必死に誘惑したかってこと?」
花奈の目から、たちまち涙がこぼれ落ちた。
その姿は大学時代と何も変わっていなかった。
つらいことがあると下唇を噛み、潤んだ瞳を伏せる。
あの頃、彼女が奨学金の申請書を紛失して学生課の担当者に叱られたとき、私は再発行してもらうために3度も窓口へ足を運んだ。
その後、彼女が家賃を払えなくなったときには、貯めていたお金をすべて彼女に振り込んだ。
彼女は私に抱きついて泣きながら、一生かかってもこの恩をどう返せばいいのか分からないと言った。
それからしばらくして、彼女は何も言わずに海外へ渡った。
何か困ったことがあったのではないかと心配した私は、数え切れないほどメッセージを送った。
けれど、一度も返事は来なかった。
「もうやめろ」
夏央が私の言葉を遮った。
「小暖、言っていいことと悪いことがあるだろ。花奈は俺を誘惑なんかしていない」
胸の奥を、力任せにねじり上げられたようだった。
「じゃあ、二人とも望んでこうなったってこと?あなたたち三人家族の幸せを邪魔している、私のほうが悪者?」
花奈が慌てて私の腕をつかもうとした。
「違うの。そうじゃないのよ。小暖、話を聞いて」
ちょうどその手に陽射しが落ち、指にはめられたダイヤの指輪が鋭くきらめいた。
その光が、私の目を容赦なく刺した。
昨年のクリスマスイブのことを思い出した。
夏央のコートをハンガーに掛けようとしたとき、奥深くに隠されたベルベットの箱を偶然見つけたのだ。
私はこっそり蓋を開けて中を確かめると、すぐに元の場所へ戻した。
その夜、私はずっと待っていた。
心を込めて用意したキャンドルディナーがすっかり冷めてしまっても、彼がその箱を取り出すことはなかった。
後日、それとなく尋ねてみると、彼は淡々と答えた。
「ああ、あれか。顧客から注文を受けたオーダーメイド品のサンプルだよ」
その「サンプル」が今、花奈の指にぴったりとはまっていた。
私は勢いよく腕を引き、花奈の手を避けた。
その反動で花奈は後ろによろめいた。
彼女が声を上げるより早く、夏央が腰に腕を回し、しっかりと抱き留めた。
そして私を見上げ、責めるような口調で言った。
「話があるなら、落ち着いて話せないのか?花奈は貧血気味なんだ。乱暴に押したりするな!」
――ほんの少しよろめいただけで、そこまで心配するの?じゃあ、私は?
私は彼をまっすぐ見つめた。
「去年、私が交通事故に遭って2か月も病院にいて、死にかけたことを知ってる?」
夏央は眉間にしわを寄せた。
「もう済んだことだろ。今はこうして元気なんだから、それでいいじゃないか」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)