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真夏に消える彼第1話

この話は約2351字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

私の恋人、深町夏央(ふかまち なつお)は、夏だけ姿を現す渡り鳥だ。

一年で最も暑い7月と8月になると、彼は決まってどこかへ飛び去り、音信不通になる。

会社から派遣される「特別プロジェクト」で、極秘任務だから一切連絡は取れない――彼はそう言っていた。

だから昨年、私が交通事故に遭い、2か月もの間病院で生死の境をさまよっていたときでさえ、彼からはただの一言もなかった。

そんなある日、私は偶然、海の向こうで暮らす親友のSNSのサブアカウントを見つけた。

そのアカウントは毎年7月と8月になると頻繁に更新され、投稿されているのは彼女と息子の日常、そしてスタンプで顔を隠された「パパ」の姿ばかりだった。

動画の中で、「顔隠しのパパ」は男の子と一緒に遊園地で花火を眺め、海辺で貝殻を拾い、嫌な顔ひとつせず、お馬さんごっこをして遊んであげていた。

時折映り込む横顔も、目尻のほくろも、手の甲の傷痕も、あまりにも見覚えがあった。

そのすべてが、彼は夏央なのだと私に突きつけていた。

毎年、夏休みの丸60日間。

それが5年も続いていた。

彼はどこかへ飛び去っていたわけではない。

ただ、自分の家族のもとへ帰っていただけだったのだ。

私は呆然とソファに座り、窓の外に照りつけるまぶしい陽射しを見つめた。

そしてふと思った。

――今年はもう、この息苦しい夏を耐え抜く必要などないのだと。

私はスマホを手に取り、家族から持ちかけられていた縁談を受け入れると返事をした。

彼の夏が私のもとに留まってくれないのなら、私の四季も、彼のためにむなしく費やす必要はない。

* * *

動画の中で、男の子はスタンプで顔を隠された男の肩車をしてもらっていた。

「パパ、たかいたかいして!」

「よし、パパが優太をたかいたかいしてやるぞ」

夏央の声だった。

7年も愛し合ってきたのだ。聞き間違えるはずがない。

コメント欄には、羨ましそうな質問が寄せられていた。

【何年経ってもこんなに幸せそうだなんて、一体どうやったら愛を長続きさせるんですか?コツを教えてください!】

米村花奈(よねむら はな)はこう返信していた。

【秘訣は、お互い10か月間それぞれのことに忙しくして、残りの2か月を二人で思いきり愛し合うことかな】

窓から差し込むまぶしい陽射しが、スマホの画面に反射していた。

私は全身から血の気が引いていくのを感じた。

夏央と付き合って7年。

彼はいつも忙しいと言っていた。

会議に追われ、出張に飛び回り、二人の未来のために必死で働いているのだと。

記念日のデートが取りやめになるのは当たり前で、私の誕生日でさえ、どうにか時間をつくって一緒に昼食を取るのが精いっぱいだった。

私だって、不満を口にしたことはある。

「一日くらい、休みを取れないの?」

すると彼は困ったように言った。

「もう子供じゃないんだ。デートより大事なことだってあるだろ」

けれど、本当は休みがなかったわけではない。

彼の休暇が、私のためのものではなかっただけだ。

私は花奈のプロフィール画面を開いた。

丸5年間。

毎年7月と8月になると、一日も欠かさず投稿が更新されていた。

動画の中で、夏央は男の子に絵本を読み聞かせ、一緒にレゴを組み立て、泣いて駄々をこねれば、不器用な手つきで抱き上げてあやしていた。

花奈のカメラに映る彼は、非の打ちどころのない夫であり、父親だった。

私は投稿を一つずつ遡っていった。

そして、昨年7月に投稿された動画にたどり着いた。

位置情報は、南の島。

夏央は男の子を抱きかかえ、打ち寄せる波の中で楽しそうに笑っていた。

花奈は、こんな言葉を添えていた。

【あなたたちと一緒なら、どこにいても最高の夏】

投稿日は7月10日。

その日、制御を失ったトラックが、私の車に正面から突っ込んだ。

車体は大きくひしゃげ、私は肋骨を折る大ケガを負った。

さらに複数の臓器が損傷し、内出血を起こしていた。

病院は何度も彼に連絡を取り、合計47回も電話をかけたが、ただの一度もつながらなかった。

私は丸2か月間病院に入院し、その間に何度も生死の境をさまよった。

夏央がようやく現れたのは、9月になってからだった。

彼は私の手を握り、申し訳なさそうな目で言った。

「小暖(こはる)、すまない。あのプロジェクトは本当に重要で、どうしても抜けられなかったんだ」

私は、どうにもならなかったという彼の事情をすべて理解し、受け入れた。

けれど今、その「どうしても抜けられなかった」という言葉が、画面に映る南の島の陽射しと、男の子を抱いて無邪気に笑う彼の声に重なった。

突然、胃がぎゅっと引きつり、吐き気とともに酸っぱいものが喉元までせり上がってきた。

私はトイレに駆け込み、便器にしがみつくようにして何度もえずいた。

そこへ母から電話がかかってきた。

「小暖、さっき送ってきた、縁談を受けるっていうメッセージ、本当なの?」

電話の向こうから、隠しきれない喜びが伝わってきた。

「やっと気持ちを切り替えてくれたのね。よかったわ。そういえば、あの子とはあなたも小さい頃に会ったことがあるのよ。来週帰国するから、私が二人の顔合わせをセッティングするわね。お互いに問題がなければ、そのまま婚約を進めましょう」

母は昔から夏央を気に入っていなかった。

普通の家の子なのに野心ばかりが強く、結婚相手にはふさわしくないと思っていたのだ。

私は彼のために、何度となく家族に反抗した。

勘当される覚悟で親に歯向かったことさえある。

今になって思えば、あのとき交わした激しい言葉の一つ一つが、痛烈な平手打ちとなって私の頬を打ち据えているようだった。

ひりつくほど、痛かった。

電話を切ると、私は南の島行きの最も早い便を予約した。

――夏央。

あなたがどうしてもこちらへ飛んで帰れないというのなら、私のほうから、あなたの夏をこの目で確かめに行く。

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