水無月の彼方へ第2話
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「如月紬!お前は親の俺たちまで騙す気か!
お母さんはお前の食道が切られた時、目が潰れるほど泣き明かしたんだぞ。お前は母親にそんな態度をとるのか!」
両親が振り返って私を睨みつけた。その2人の顔には、ありありと嫌悪が浮かんでいた。
何の躊躇いもなく、彼らは陸の言葉を完全に信じ切っていた。
私は鼻のチューブを強く握りしめ、全身が塞がれるような息苦しさを感じた。
「私は、嘘なんてついてない」
突然ドアが開き、髪をお団子に結んだ小さな女の子が駆け込んできて、陸の胸に飛び込んだ。
「パパ!」
陸は彼女を抱き上げ、私の前に歩み寄った。
「結愛(ゆあ)、この人は叔母さんだよ」
私の唇が小刻みに震えた。
「今、この子の名前を何て呼んだ?」
私と陸の間にも、かつて子供がいたことがあった。
彼は私の太ももに寄りかかりながら、名付け辞典をめくっていた。
「俺たちの娘、どんな名前がいいかな?」
「どうして娘だって決めつけてるの。息子かもしれないじゃない」
「俺は絶対に女の子がいいんだ!」
彼は「結」を指差した。
「『結』って字がいい!よし、俺たちの娘の名前は『結愛』にしよう!」
目の前の小さな女の子は、無邪気に見上げて笑った。
「おばちゃん、こんにちは。神崎結愛です。今年で6歳になります!」
6歳?
私は目の前が真っ暗になり、壁に手をついてようやく倒れるのを堪えた。
その時、姉が少し膨らんだお腹を庇うようにしてエレベーターから姿を現すと、家族全員がすぐさま駆け寄った。
「あらあら、もう2人目なのね!」
陸も結愛を抱いたまま、姉のそばへすり寄っていった。
私だけが、他人の家に迷い込んだ部外者のようにリビングの真ん中に立ち尽くしていた。
「紬、久しぶりね」
姉が私の方を見た。その瞳の奥にある優越感は、隠し切れないほど溢れ出ていた。
私はたまらず悪態をついた。
「泥棒猫になるのが、そんなに誇らしい?」
パァン——
母の平手打ちが私の頬に落ち、彼女は怒りで目を見開いた。
「この馬鹿娘!子供の前でなんてこと言うの!」
陸が結愛の耳を塞いだ。
「紬、今の俺はお前の義理の兄で、結愛はお前の姪だ。口を慎んでくれ!」
姉がお腹を押さえて痛みを訴えると、陸はすぐさまクッションを彼女の腰の下に当てがい、両親もひどく慌てふためいた。
爪が掌に深く食い込み、喉の奥に血の味が込み上げてきた。
「紬、こんなところで突っ立ってどうしたの?」
叔母がドアを開けて入ってきた。私は藁にもすがる思いで彼女の手を掴んだ。
小さい頃から、叔母だけは決して姉を贔屓しなかった。
「おばさん、私……」
しかし、叔母は私の手を振り解き、笑顔で姉の方へと歩いて行った。
「澪ちゃん、帰ってきたって聞いて、すぐに飛んできたのよ!」
叔母がチラリと私を見た。
「そうそう、紬。下に姉さんの好きな有名店のケーキが届いてるから、持って上がってきてちょうだい」
自分がどうやって下へ降りたのか、全く覚えていなかった。
まとわりつくような熱気が顔を打つというのに、私の体は芯から冷え切っていた。
私はふらふらと、かつて陸と出会った橋の上まで歩いてきた。
あの日、両親は私の誕生日を、姉の大学合格祝いの席に変えてしまった。
私が泣きながら橋の上に駆け出すと、陸が後ろから飛びついて私を抱きしめた。
「早まった真似だけは絶対にやめてくれ!」
私が目を赤くして両親の贔屓を愚痴ると、彼も一緒になって怒ってくれた。
「行こう、俺が一緒に帰って、お前の親に文句を言ってやる!」
私が泣き笑いのような表情を浮かべると、彼は私のえくぼを見て見とれていた。
あの日から、私が両親の贔屓を愚痴る時、陸はいつも毅然として私の味方をしてくれた。
プロポーズの日、彼はこう言った。
「紬、俺がお前の後ろ盾になり、揺るぎない心の支えになるよ」
だが今回ばかりは、その私の心の支えでさえ、私を捨てたのだ。
私はバッグを下ろし、片足を欄干の向こう側へと掛けた。
「如月紬!」
背後から、陸が私に向かって猛烈な勢いで走ってきた。
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