死んで五年、兄はまだ私があの子に謝るのを待っている第2話
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由衣は何度も何度も電話をかけた。ようやく直哉が出たかと思えば、苛立った声で怒鳴りつけられた。
「紗良に伝えろ!謝る気がないなら、二度と連絡してくるな!」
それだけ言うと、直哉は電話を切り、そのまま電源まで落としてしまった。
警察に勧められ、由衣は直哉の家にも足を運んだ。
けれど使用人から返ってきたのは、「直哉様は真奈様と海外旅行に出ています」という言葉だった。
結局、事件はそれ以上進展しないまま、私の遺体だけが安置所に残された。
それから五年間、由衣はずっと私の遺体の安置費用を払い続けてくれた。
そしてようやく、世界一周旅行に出ていた直哉と真奈が帰国した。
由衣は思った。これでようやく、私を両親の眠る墓に入れてあげられる、と。
だが直哉は、由衣が嘘をつき、私と口裏を合わせて芝居をしているとしか思っていなかった。
激しい雨が降りしきる中、由衣は翌朝までずっと泣き続けた。
泣き腫らした目で、顔に張りついた前髪をかき上げ、ようやく家へ帰った。
帰宅すると、由衣は何も感じていないかのような足取りでベッドのそばへ向かった。そして棚の奥から、一冊の日記帳を取り出した。
手早く梱包し、宅配便を手配して、直哉の会社宛てに送る。
荷物を持って遠ざかっていく配達員の背中を見つめながら、由衣は静かに目を閉じた。
「紗良……私にできるのは、もうこれくらいしかないよ」
私は兄の会社へ向かった。オフィスでは、秘書が一冊の日記帳を直哉に差し出していた。
「松井社長、お荷物が届いています。日記帳のようです。差出人は岡田由衣さんです」
直哉は顔も上げず、書類に目を走らせていた。
「読んでくれ」
秘書は日記帳を開き、一ページ目から淡々と読み上げた。
「2020年12月23日。今日、私は兄に家を追い出された」
その言葉が響いた瞬間、部屋の空気が一気に冷え込んだように感じた。
直哉が顔を上げる。その目にはあからさまな嘲りが浮かんでいた。
「今度はこんな芝居か。面白いな。続けろ」
秘書はうなずき、再び日記を読み始めた。
――今日、私は兄に家を追い出された。真奈を平手打ちしたからだ。
あの子は、私がうつ病と診断されたことを知ると、意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「やっぱりね。いっそ、おじさんとおばさんみたいに、あの地震で死んでればよかったのに。そうしたら、直哉お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんになったのに!」
何を言っているんだろう。真奈は家庭環境に恵まれず、兄が不憫に思ってうちに居候させている子だ。私たちとは血のつながりはない。
なのにどうして、兄を自分だけのものにしようなんて思えるんだろう。
私は相手にしなかった。すると真奈は、私のジュエリーボックスを床に叩き落とした。
その中には、私が大切にしまっていた家族写真が入っていた。
真奈はすぐにそれを拾い上げると、目の前でびりびりに引き裂いた。
頭に血が上がった私は、思わず真奈の頬を叩いた。でも私よりずっと力の強い真奈には敵わなかった。あっという間に床へ押さえつけられた。
そして私は、うつ病の治療で飲んでいた薬を全部トイレに流されていくのを、ただ見ていることしかできなかった。
兄が帰ってくると、真奈は先に泣きついた。私に叩かれた、家から追い出されそうになった、と訴えた。
あのときの兄の目は本当に冷たかった。唇をきつく結び、冷たい声で言った。
「まだこの家にいたいなら、真奈に謝れ」
私は家を出るふりをした。本当は兄に引き止めてほしかっただけだった。
だが兄は、私の持っていた現金も、キャッシュカードも、身分証もすべて取り上げた。着替えすら持たせてもらえなかった。
「出ていくなら、俺が与えたものは全部置いていけ。明日には周りにも伝える。お前はもう俺の妹じゃないってな」
兄の後ろに立つ真奈が、勝ち誇ったように笑っていた。
もう二年になる。
二年前、兄が真奈を妹同然の存在として家に連れてきたその日から、私の悪夢は始まった。
両親が亡くなってから、ずっと兄と二人きりで支え合って生きてきた。
私には、兄が突然ほかの女の子を家に連れてくることが受け入れられなかった。
まして兄は、真奈が苦労してきたからかわいそうだと言って、いつも私に我慢させた。
以前なら私だけに買ってくれていたものも、兄は二つ買うようになった。しかも選ぶのはいつも真奈が先だった。
兄が久しぶりに一日休める日、私は映画を観に行きたいと言った。真奈は買い物に行きたいと言った。
すると兄はまた私に言う。
「映画は今度一緒に行こう。今日は買い物に付き合ってやってくれ」
でも兄の言う「今度」はいつまで経ってもやってこなかった。その約束はいつだって真奈に奪われていった。
私はそんな毎日が嫌だった。突然現れた赤の他人が、音もなく私の生活に入り込み、少しずつ私の大切なものを奪っていく。
それなのに私は笑ってうなずき、聞き分けのいい妹でいなければならなかった。
それでも私は兄が大好きだった。だってたった一人の兄だから。
あの地震の日、兄が瓦礫の下で私を必死に支えてくれていなかったら。
私はきっとお父さんとお母さんと同じように、あの瓦礫の中で死んでいただろう。
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