死んで五年、兄はまだ私があの子に謝るのを待っている第1話
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死んでから五年、私の遺体は今も安置所に置かれたまま誰にも引き取られていなかった。
親友の岡田由衣(おかだ ゆい)は、残っていたお金をすべてつぎ込んだ。それでも払えた安置費用はあと一週間分だけだった。
職員からはこのまま引き取り手が現れなければ遺体を火葬すると告げられた。
家族の引き取りがなければ、遺骨も施設側で処理されるという。
どうすることもできなくなった由衣は、ついに私の兄の松井直哉(まつい なおや)へ電話をかけた。
「直哉、妹同然に可愛がってるあの子のためなら、実の妹の遺体まで見捨てるつもりなの?」
兄は冷たく笑った。
「自分が悪かったと認めたくないからって、今度は死んだなんて嘘までつくのか?紗良に伝えとけ。死ぬなら今度こそちゃんと死ねって。数日したらまた何事もなかったみたいに戻ってくるのはやめろってな」
由衣にはもうどうすることもできなかった。結局、私、松井紗良(まつい さら)の遺体は火葬された。
そして由衣は私の死亡証明書を手に、兄の家へ向かった。
* * *
由衣が玄関のチャイムを鳴らしたとき、兄は石田真奈(いしだ まな)と食事をしていた。
外は雨だった。一刻を争う状況で、由衣には家へ傘を取りに戻る余裕もなかった。
そのせいで全身ずぶ濡れになっていた。
大きな屋敷の中は明るく照らされ、ほどなくして使用人が玄関を開けた。
由衣が中へ入った途端、真奈が眉をひそめる。
「ちょっと待って!そんなびしょ濡れの格好で、誰が入っていいって言ったの?」
由衣は相手にする気もなく、そのまま兄のもとへ向かい、死亡診断書をテーブルに叩きつけた。
「紗良は本当に死んだの!あなた兄でしょ?それでも何もしないつもり?」
直哉は箸を置くと、テーブルの上から紙ナプキンを一枚取り、ゆっくりと手を拭いた。
由衣のほうを見ようともしない。
「金が欲しいんだろ。紗良が戻ってきて真奈に謝るなら、いくらでも払ってやる」
由衣は怒りで顔を青ざめさせると、テーブルの上の死亡診断書をつかみ、直哉の目の前に突きつけた。
「何回言えば分かるの?紗良は死んだの!死んだのよ!死んだ人間がどうやって謝るのよ!これが死亡診断書!私の言うことが信じられなくても、これなら信じられるでしょ?」
直哉が目を細め、不機嫌そうに何か言おうとした、そのときだった。
真奈が突然駆け寄ってきて、由衣の手から死亡診断書を奪い取り、びりびりと何度も引き裂いた。
「こんなの誰が信じるの?あなたは紗良の親友でしょ?お兄ちゃんがあなたの言うことなんて信じるわけないじゃない」
床に散らばった紙切れを前に、由衣は信じられないものを見るように目を見開いた。
それでも直哉は、真奈を咎めるどころか庇った。
「真奈の言うとおりだ。俺の妹は真奈だけだ。紗良とはとっくに縁を切ってる。どうしても謝らないっていうなら、もう帰れ」
宙に浮かびながらそれを聞いていた私は、由衣と同じように苦笑した。
まさか五年も経った今でも、兄がたった一言の謝罪にこだわり続けているなんて。
由衣は目を真っ赤にし、歯を食いしばった。
「紗良に、どうしてあんたみたいな兄がいるのよ……」
そう吐き捨てて踵を返す。
だが玄関まで来たところで、五年前に私が話したことを思い出したのだろう。
由衣は足を止め、涙をこらえながら、震える声で言った。
「紗良が生前、一番望んでたのは死んだら家のお墓に入ることだった。遺骨は今、大通り沿いの葬儀場にある。三日以内に家族が引き取らなければ、施設側で処理される。直哉。あとは自分で決めて」
屋敷を出た由衣は、道端にしゃがみ込むと、声を上げて泣き始めた。
私はそばまで漂っていき、その隣に腰を下ろした。由衣は顔を両手で覆い、泣き崩れながら何度も謝っていた。
「紗良、ごめん……私、頑張ったんだよ。本当に、できることは全部やったの……」
「分かってるよ」
聞こえるはずのない声でそう答え、私はそっと由衣を抱きしめた。
この五年間、本当に由衣には苦労をかけた。
あの頃、私は真奈のことで直哉と大喧嘩をした。
行き場をなくした私を家に迎え入れてくれたのが、由衣だった。何も心配しなくていいからと、自分の家に住まわせてくれた。
でも、その暮らしは長く続かなかった。間もなく私は死んだ。
川から遺体が引き上げられたのは、行方が分からなくなってから一週間後だった。長い間水に浸かっていた遺体は、見る影もないほど変わり果てていた。
あの日も由衣は、今と同じように声を上げて泣いていた。
「紗良、ごめん……!私、家に帰ったんだと思ってた。だから連絡するのがこんなに遅くなって……。どうして……どうしてこんなことに……」
警察官が険しい表情で尋ねた。
「亡くなった方に、ご家族はいらっしゃいますか?司法解剖の結果、生前に性的暴行を受けた痕跡が確認されています。事件に巻き込まれた可能性が高いと見ています」
由衣は驚いて顔を上げた。みるみるうちに顔色が真っ青になり、震える手で慌ててスマートフォンを取り出す。
「い、います!お兄さんがいます。今すぐ電話します!」
由衣は直哉に電話をかけたが、何度呼び出しても兄が電話に出ることはなかった。
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