柳散って人去りて第2話
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彼はかつて「君を障がい者として見ることは絶対にない」と言ったことがある。
けれど今のその視線は、美咲の胸を鋭く刺した。
この体で、どうやって山に登るつもりなんだ。そう言われているように感じたのだ。
美咲は不安を押し殺し、真剣に彼を見つめた。「恭介くん、私、恥なんてかかせない。できる限り頑張るから」
証明するように、彼女は両手で車椅子を支え、立ち上がった。足裏から骨をえぐるような痛みに耐えながら、一歩一歩、食卓からソファまで歩ききった。
七年間、毎日少しずつリハビリを続けてきたが、補助なしで十歩以上歩いたのは今日が初めてだった。
額には細かい汗が滲み、全身の骨がきしむように痛んだ。
「美咲ちゃん、本当に歩けるんだな」
恭介は目を輝かせ、期待に満ちた顔で彼女を見た。
美咲は痛みに顔を歪めそうになりながらも、興奮する夫を見て微笑んだ。
「明日の山登り、私も連れていって。下で応援するから」
恭介は急いで秘書に電話をかけ、バルコニーに出て行った。「そうだ、予定を少し変えないと……」
美咲は車椅子をこいで隣の部屋に移動し、彼の声を耳にした。
「どうしても行くと言ってきかない。だからスケジュールを調整するしかない。おとなしくしてろ、バレないように。車を一台用意して、できるだけ車の中にいさせろ」
「離婚はしないって言っただろ」
おとなしくしてろ、バレないように。その一言一言が毒を塗った刃のように、美咲の胸に深く突き刺さった。
そのあとの言葉はもう耳に入らなかった。
食後、恭介は手際よく食器を片づけ、いつものように彼女の足を丁寧にマッサージした。熟練の手つきで力加減も絶妙だった。
美咲は複雑な思いでその様子を見つめた。
どうして彼は心を二つに割り、一方を自分に、一方を別の女に与えられるのだろうか。
どうして平気な顔で、裏と表を使い分けられるのだろうか。
その夜、美咲は何度寝返りを打っても眠れなかった。目を開けると、薄暗い常夜灯に照らされた夫の寝顔があった。無防備で安らかで、それなのにもう見知らぬ人のように思えた。
翌朝、秘書が一足のスニーカーを届けてきた。
夫は車椅子のそばにしゃがみ、根気よく靴を履かせようとする。
「昨夜、君のサイズを伝えて特注したんだ。試してみて」
世界でいちばん残酷な言葉を、いちばん優しい声で彼女にかけた。彼は、歩けない妻に、新しい靴を差し出した。
美咲が靴を履くのは、もうずいぶん久しぶりのことだった。
以前なら、彼が気を遣って「足を目立たせないため」だと思えたかもしれない。だが今は違う。彼はただ、自分の顔に泥を塗らせたくないだけなのだ。
靴はまったく合わなかった。入口は狭く、甲の部分も浅い。履いた瞬間から足全体が締め付けられ、拷問のような痛みが走る。
それでも恭介は、痛みに体を震わせる彼女を見ながら、彼女の足を押さえつけ、無理やり靴の中にねじ込んだ。
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