柳散って人去りて第3話
この話は約1528字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「やっぱり特注は違うな」恭介は、彼女の足に履かせた新しい靴を見つめ、まるで完璧な芸術品でも鑑賞するように満足げに言った。
「でも……すごく痛いの」美咲は顔をゆがめた。
以前なら、彼女が「痛い」と言っただけで、恭介は慌てふためき、細心の注意を払ってくれた。
けれど今は、ただ穏やかに微笑むだけだった。「美咲ちゃん、今日は取引先の人もたくさん来るんだ。君が誰かに笑われるのは見たくない。どうしても辛いなら、家にいたほうがいい」
本当に彼が心配しているのは、彼女が笑われることなのか。それとも、浮気がばれて場を壊すのを恐れているだけなのか。
七年。彼の忍耐はとうとう尽きてしまったのだろうか。二人の関係は、もう終わってしまったのだろうか。
思い出した。まだ若かったころ、二人は登山隊で出会った。明るく自由で、どこか輝いて見えた恭介に、美咲は自然と心を奪われた。
七年前。登山中の事故で、彼をかばって彼女は脚を折った。
その時、彼は涙で目を潤ませ、彼女の手を握りしめて言った。「美咲ちゃん、一生守る。俺が君の杖になる。世界のどこへ行くにも一緒だ」
六年前。彼は荒っぽく、噂話をする近所の女たちに怒鳴った。「美咲ちゃんの悪口をまた言ったら、その口を二度と利けなくしてやる!」
五年前。無名の化粧品の代理を始め、休む間もなく走り回り、最初に稼いだ金で美咲を高級マンションへ連れて行った。
その夜、狭い部屋のベッドで寄り添いながら、彼は言った。「美咲ちゃん、もっと努力するよ。家具も一つずつ揃えていく。毎日少しずつ良くなる。信じてくれ」
四年前。彼は独立して自分の化粧品会社を興した。約束どおり、生活は豊かになり、二人は別荘に引っ越し、高級車を手に入れた。彼の愛は揺るぎないものに思えた。
けれど今。彼はサイズの合わない靴を特注し、彼女に痛みを我慢させて履かせている。
たった七年で、すべてが変わってしまった。
裏切りよりも、美咲を苦しめたのは嘘だった。
若い男に、障がいを抱えた妻を何年も支えさせるのは、確かに不公平かもしれない。
もし本当に他の人を好きになったのなら、正直に話してくれさえすれば、彼女は自由にしてやる覚悟だってあった。
けれど彼は嘘を選び、陰で他の女と関係を持った。それは愛を汚すだけでなく、彼女の尊厳を踏みにじることでもあった。
痛みと悔しさ、そして好奇心に突き動かされ、美咲は思った。一体どんな女に、私は負けたのか。
会社のレクリエーションは「安全第一で、なおかつ楽しめること」を掲げ、人が少ない低い山で行われた。山道には三キロごとに補給所が設けられている。
参加者は山のふもとに集まった。恭介の社員だけでなく、取引先の関係者も多くいて、とてもにぎやかだった。
「さすが藤原社長。奥さんがこれだけ美人なら、人目につかないよう隠しておきたくなるのも当然ですね」
「本当に芸能人じゃないんですか?こんな顔立ちで映画に出ないなんて、もったいないですよ」
社交辞令のような言葉もあれば、本心からの賛美もあった。
容姿には自信があった美咲は、微笑みで応じながらも、心の奥で複雑な気持ちだった。
恭介は周囲の称賛を気持ちよさそうに受け入れていた。
美咲は、まるで人形のようにそこに立ち、好奇の視線に囲まれて落ち着かなかった。
最初は何とか耐えていたが、数分もしないうちに、脚に針を刺すような痛みが広がってきた。
歯を食いしばり、手のひらには汗がにじむ。
あと少し。倒れたら、恭介くんの顔に泥を塗ることになる。
彼も気づいたのか、場をまとめるように声をあげた。「さあ、そろそろスタート地点でゼッケンを受け取ろう。忘れるなよ、勝負より友情が一番だ!」
人々が笑いながら動き出した、その直後、美咲は、背後から強く突き飛ばされた。
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