来世は家に帰らない第2話
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だけど、甘い記憶がまったく無いわけじゃない。15歳の誕生日、私は初めて腹いっぱい食べた。
覚えてる。湯気の立つおかゆで、表面にとろりとした米の甘い膜が張っていて、香りがよすぎて舌まで飲み込みそうだった。
足の悪いあの男は言った。隣村から金を受け取った、あの家の四十歳にもなるボンクラ息子に私を売るんだ。これからは「幸せ」だぞ、と。
両親が私を見つけたのは、ちょうどそのときだった。
必死で逃げ出した私を連れて帰り、失くした娘だ、これからは二度といじめさせないと言った。
でも、家に着いて初めて知った。二人には、もう一人、娘がいたのだ。
白川瑠華。
顔立ちは整い、素直で気が利く。両親にとって、この上なく可愛い存在だった。
一方、学校に通ったこともない私は、両手が家政婦よりも荒れ、この家の中で、どうしても浮いた存在だった。
二十一歳の年。瑠華が密かに想いを寄せていた、近所に住む年上の男性――篠原海斗(しのはら かいと)が、白川家の宴の席で薬を盛られ、私が寝起きしていた物置部屋へと、転がり込んできた。
翌朝、身なりも整えられないままベッドから引きずり下ろされた。瑠華は海斗の胸にすがり、声も出せずに泣きじゃくっている。そして、両親の視線は、今にも私を殺しかねないほど冷え切っていた。
そこでようやく――あまりにも遅すぎるほどに、理解した。
結局、場所が変わっただけだった。踏みつけられる役は、最初から最後まで、私のままだったのだ。
涙がぽたぽたと落ちても、もう苦しいとは感じなかった。
だって、私はもうすぐ死ぬのだから。
足元にうずくまる息子が、ぴくりと身じろぎし、無意識のまま「ママ」と呼んだ。
その瞬間、息が一拍、止まる。私は乾いた笑いを二つこぼし、カメラを回している犯人を見上げた。
「……もう一度だけ、チャンスをちょうだい」
二度目の電話は、母にかけた。
母は界隈でも名の知れた慈善家で、年中ニュースの見出しを飾っていた。寄付額は、年間で京原市でも指折りの規模だと噂されていた。
児童養護施設での取材映像を、私は見たことがある。
子どもが描いた一枚の絵を目にしただけで、絹をまとった貴婦人は、その場で涙をこぼした。
目を赤くしながら、子どもたちのために一億円を投じて展示会を開く、将来は海外留学まで面倒を見る――そう語った。
けれど、達也には、そんなものはいらない。
誰かが手を伸ばしてくれて、生き延びられさえすれば、それで十分だった。
呼び出し音は前より短く、すぐに繋がった。
一秒も無駄にできず、私は畳みかけた。
「母さん、さらわれたの。殺される。お願い、警察を呼ぶか、今すぐ来て達也を連れて帰って」
向こうはしばらく沈黙して、それから腹を抱えて笑い出した。
義妹――偽の令嬢である瑠華が、スマホをひったくり、楽しそうに笑い転げた。
「お姉ちゃん、いい加減にしなよ。その貧乏くさいツラで、誰がさらうの?冗談も大概にして。あはは、ほんと笑わせないでよ。
ねえママ、そうでしょ?」
母は可愛がるように、手入れの行き届いた瑠華の髪を撫でた。笑みは上品で、冷たかった。
「ええ。瑠華の言うとおりよ」
それから、まだ通話中のスマホを鬱陶しそうに一瞥し、声の温度を落とした。
「切りなさい。お姉ちゃんのことは放っておきなさい。田舎で放ったらかしにされて育った、雑草みたいな子なのよ。そんな話、聞くだけで品が落ちるわ」
氷みたいな言葉が耳に刺さり、私は唇を動かした。口の中いっぱいに鉄の味が広がる。
嘘じゃない、と言いたかった。育ちが歪んだわけでも、人として欠けているわけでもない、と。
そして伝えたかった。私は、雑草みたいに扱われてきただけで、雑草なんかじゃない。私の名前は、白川珠希。
白川家の宝物だと、そう名づけたのは、ほかでもない母さんだった。
瑠華は電話を切らず、もう少し話したいからと言い訳して、スマホを持ったままベランダへ出た。
「珠希、聞こえてる?パパもママも、あんたなんて見てる暇ないの。可哀想なふりで気を引くの、いい加減やめて。今日は私の誕生日。二人は、私のことしか見てないんだから」
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