来世は家に帰らない第3話
この話は約1401字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「それに海斗さんもね。わざわざ海外の案件まで断って、私のために飛んで戻ってきてくれたんだよ。
どう?もう降参でしょ?」
その声は気だるくて、勝った人間だけが持てる余裕で、私を見下ろしていた。
でも、そんなことを考えている余裕はなかった。達也が目を覚ましたからだ。
達也は目を開け、そっと私のところまで這ってきた。真っ黒な大きな瞳に、怖さで涙が溜まっている。
「ママ、たっちゃん、いたい……」
胸の奥が、いきなり灼けるみたいに痛んだ。
抱きしめようとした瞬間、犯人が達也の足をつかみ、乱暴に引きずっていった。
引きずりながら私に「静かに」の手振りをして、続けろと言わんばかりに目で命じた。
口の中の鉄の味が、さらに濃くなる。
どこから出た力か、私は椅子ごと床に倒れ込み、ドンと鈍い音を立てた。
痛いと言う暇もなく、かすれ声で瑠華に言った。
私の人生を奪った相手に、這いつくばるように許しを乞う。
「瑠華……私が悪かった。ごめん。父さんと母さんに連れ戻されるべきじゃなかった。あなたと、張り合うべきでもなかった。
でも……嘘じゃない。本当に、さらわれたの。お願い、父さんと母さんに伝えて。来てもらって……せめて、達也だけでも、家に連れて帰って」
喉が潰れるほど訴えても、瑠華は鼻で笑い、私の懇願を面白がるみたいな声になった。
「いいよ。じゃあまず、私に頭を下げな。九十九回、額を床につけたら聞いてあげる」
考える間もなく、私は床から起き上がり、力の限り頭を持ち上げて、勢いよく額を床に打ちつけた。
一回目で、瑠華と初めて会った日のことが蘇る。
見たこともないプリンセスドレスを着て、階段の上から私を見下ろしていた。
「パパ、ママ、その子ってゴミ置き場から拾ってきたの?汚い」
両親は気まずそうに笑い、口では瑠華をたしなめながら、私の部屋だけを、二階の寝室から裏庭の物置へと移した。
五回目だった。十六歳のとき――両親が、私に用意した、ただ一度の誕生日パーティーを思い出す。
大勢の前で、瑠華が足を滑らせて転び、見覚えのない、生々しい写真が束になって床に散らばった。瑠華は慌てた顔で、私を見上げて言った。
「ごめんね、お姉ちゃん。ほんとは隠してあげようと思ったの」
両親は写真を拾い上げ、左右から、私の頬を打った。そして、氷のような声で吐き捨てた。
「恥知らず!」
四十五回目、七十八回目……
涙と血が床に溜まって水たまりになり、私は目を見開いたまま、機械みたいに回数だけを数え続けた。
頭を下げているのか、自分の尊厳を自分で叩き割っているのか、もう分からなかった。
九十九回目、目から光が消えて、喉の奥から絞り出した。
「瑠華……私の負けだ」
電話の向こうの瑠華もさすがに黙り込み、ひゅっと息を呑んだあと、けらけら笑い出した。
「うそでしょ、お姉ちゃん?私、パパもママも奪って、家も奪って、追い出して、ゴミ漁りしかできないようにしたんだよ?こんなに性悪で、最低な私に……私に、土下座して、額まで床につけたの?」
声を落とし、悪魔みたいに囁く。
「お姉ちゃん、ほんと惨めね」
ツーツーツー……
通話は切られた。
私は床に転がったまま、死んだみたいにぼんやりしていた。
しばらくして、犯人はつまらなそうに手を広げ、ナイフを持って私に近づいてきた。
達也は犯人の足にしがみつき、泣きながら「ママ」と叫んだ。
私は必死に身を起こし、血でぐしゃぐしゃの額を晒して、達也のために犬みたいに命乞いした。
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