月明かりはあなたの瞳に沈んでいく第2話
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風馬はため息をついた。それが落胆なのか、それとも安堵なのか、自分でも分からないようだった。
「大丈夫、君がこの先ずっと見えなくても、俺はずっと君を愛してるよ。明日また病院の眼科に20億円投資するよ。研究、もっと早く進めてもらうから。
でも、今はご飯の時間だ。ちゃんと食べないとな。行こう」
そう言って、風馬は凛音を抱き上げた。
かつては甘く幸せだったその仕草も、今の凛音にはただただ気持ち悪いだけだった。体がこわばり、力が入る。
ダイニングに着いた。
「ママの隣がいい」
大地がはしゃいだ声を上げた。だがその手は、まだ椅子の上に立ったまま、あの女の口元をナプキンで拭っていた。
しかも、食卓では大地とその女が向かい合って座っている。彼らが凛音にあの女と同じ側に座れと言うはずもなかった。
すべては出来レースだ。彼らは決められた配役を、凛音の目の前で演じているだけ。
あの女はバスローブ姿で風馬の隣に座り、まるでこの家の女主人のような顔をしていた。
風馬は凛音のためにステーキを切り、エビの殻を剥き、大地は凛音のために水を注ぐ。
すべてがかつてと同じ日常のように見えた。ただ違っていたのは、今の凛音には、その女の目に宿る嫉妬がはっきり見えたこと。
凛音は口に運んだ食事が砂のように味気なく感じた。風馬が自分のためにエビの殻を剥くその手は、今朝、他の女の体を撫でていた。
吐き気がこみ上げる。
凛音が席を立とうとした瞬間、その女は堂々と風馬の手をバスローブの中に引き入れた。
風馬は一瞬抵抗しようとしたが、彼女の手に押さえつけられ、そのまま彼女の動きに合わせて手を動かされた。
ついには、その女の手が離れても、風馬の手は動こうとしなかった。
猛烈な嫌悪感が凛音を襲った。もう抑えきれないテーブルに手をつき、彼女は激しく嘔吐した。
大地が急いでティッシュを取りに走り、風馬が背中をさすろうと手を伸ばしてきた。
だが、その手が今まで何をしていたかを思い出すと、凛音はぱっと手を払いのけ、冷たい声で一言放った。「汚い」
風馬は意味が分からない様子で、傷ついたように眉をひそめた。「俺、エビ剥いてた手だぞ?本当に大丈夫か?病院に連れていく」
凛音は彼を押しのけるようにして立ち上がった。「平気」
彼女は寝室に戻り、シャワーを浴びた。湯気が立ち上り、鏡の中にぼんやりと自分の顔が浮かび上がる。
そのとき、今日オフィスの外で聞いたあの言葉が頭に蘇る。
「成瀬さん、奥さんの目を見るたびに、全然その気にならない?だから私に夢中になるよね」
「黙れ。お前は所詮、遊びだ。自分の立場をわきまえろ」
否定は、なかった。
凛音は鏡に手を伸ばし、曇りをぬぐった。ハッキリとした自分の顔が浮かぶ。
あの頃、目が見えなかった自分はどんな姿だったのか?
それほどまでに風馬にとって、見るに堪えない存在だったのか。幼馴染の絆も、命をかけて救った過去も、長年連れ添った夫婦の想い出も全部捨てて、他の女に走るほどに?
新婚の夜、彼は何度も何度も彼女の目にキスをして、涙が彼女の頬に落ちたのが、ちゃんと感じられた。
「凛音、やっと君は俺のものだ。愛してる。愛してくれてありがとう。ずっと大切にする。もしこの誓いを破ったら、天罰が下っても構わない」
風馬は、確かに彼女を大切にしていた。
家には30人の家政婦が雇われ、それぞれに感知センサーがあり、彼女がリモコンを押せば、誰かがすぐに駆けつけてきた。
目が見えなくても、他の奥様方が持つスキンケアから高級ジュエリーまで、風馬は常により高級なものを買い与えた。
家にいて退屈しないようにと、点字編集部まで作り、書籍や雑誌はすべて点字で届けられた。
風馬は、本当に彼女を愛していなかったのだろうか?
凛音の中に、ひとつの答えが生まれた。違う、彼は心をふたつに分けてしまったのだ。
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