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月明かりはあなたの瞳に沈んでいく第3話

この話は約1597字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

浴室から出ると、風馬がソファに座って彼女を待っていた。

彼はすぐに凛音を抱き上げ、布団の中へ押し込むようにして強く抱きしめた。

「凛音、今日どうした?病院で何かあった?何でも俺に話して。俺が君の支えになるよ」

彼女は、風馬が佐藤(さとう)先生に電話でもしたら厄介だと考え、適当に誤魔化した。「大丈夫。多分、ちょっと寝不足なだけ」

ちょうどそのとき、風馬のスマホが鳴った。

風馬は凛音に隠すこともなく、画面を開いた。「夕子ちゃん」と登録された人物から、写真が送られてきた。猫コスチュームを着た女がベッドに跪き、上目遣いでカメラを見つめる。

【寝室でご主人様をお待ちしてます】

風馬は呼吸を止めたまま、思わず口元を緩めて返信した。【凛音を寝かしつけたら行くよ】

【今すぐがいいな。彼女は見えないから、一人じゃ階段降りられない。私、会いたくてたまらないの】

風馬はスマホの画面を消し、凛音の額にキスを落とした。「会社で急ぎの用事が入った。書斎に行ってくるから、先に寝てて。待たなくていいよ」

そう言い残して、そそくさと部屋を出て行った。

ベッドに取り残された凛音は、真っ白な天井をじっと見つめていた。

きっと風馬の心の奥底では、彼女の目はもう治らないと、どこかで諦めているのだろう。ここまで好き放題に振る舞い、何の遠慮もない。

凛音は静かにベッドを出て、階段を降りる。一階には誰もおらず、右手の寝室から、男女の戯れ合う声が漏れていた。

「夕子(ゆうこ)、誰の許しを得てこんなことを?凛音がまだ寝てないのに、よくも俺を誘ったな」

「ちゃんと来たじゃない」

ドアはわずかに開いていた。凛音はその隙間から、ベッドの上で絡み合うふたりを見た。部屋全体がおしゃれでピンク色に装飾されており、少なくとも1年以上前から使われているようだった。

つまり、彼女が信じていた幸せな三人家族には、とうの昔に愛人の存在がいたのだ。

風馬は、正妻と愛人を同じ屋敷に住まわせていた。前半夜は凛音と過ごし、夜更けには階下の自分の部屋へ戻り、夕子と抱き合う。

なんと刺激的なことだろう。

凛音は口を押さえ、心の悲鳴が漏れないようにした。しかし、振り返ると、夜勤の家政婦と鉢合わせた。

「奥様?なんでここに?」

寝室のドアが開き、風馬が、乱れた服装のまま飛び出してきた。

その後ろからは夕子が彼に腕を絡ませ、腰に手を回して、まだその手はあちこちを這っていた。

風馬は夕子を部屋に押し戻すと、凛音に駆け寄った。「凛音、何か、聞こえた?」

凛音は拳を握り締め、手のひらに爪が食い込む痛みで、風馬を平手打ちにする衝動を抑えた。

「ううん、喉が渇いてただけ。水を飲みにきただけよ」

風馬は安堵の表情を浮かべた。「おバカさん、ベッドの横に水置いておいたのに、わざわざ降りてくるなんて危ないよ」

彼は凛音を抱きかかえ、再び寝室へと連れ戻した。

しばらくして、風馬が小さな声で呼びかけた。「凛音?」

彼女は返事をしなかった。風馬は、もう眠ったのだと勘違いした。

そのとき寝室のドアが再び開かれる。

風馬の声が、低く鋭く、耳元に届く。

「誰が上がってきていいと言った。下に戻れ!」

続いたのは夕子の甘い声。「さっき中断されちゃったから、自分でご主人様を探しにきちゃった」

服が擦れる音、そして風馬の声が低く押し殺された。「下に戻れ」

「嫌よ。ここでいいじゃない。どうせ彼女は何も見えない。それにこういうの、興奮するでしょ?」

答えたのは、男の荒い息遣いだった。

暗闇の中、ふたりの影が凛音のすぐ横のソファに倒れ込んだ。

涙が静かに頬を伝い落ちる。彼女は唇を噛み締め、泣き声を押し殺した。

誰も知らない夜の中で、凛音はすべてを見た。

布団を被る前、視界に映ったのは、ベッドサイドに置かれた冷たくなった水のコップだった。

水が冷めたように、彼女の心も凍りついていた。

「風馬、あなたに地獄を見せてやる」

冷たく、静かに、凛音は心の奥で誓った。

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