和紙文文音は、もう涼風を待たない · 第2話設定≡

文音は、もう涼風を待たない第2話

この話は約1880字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

その言葉が終わるや否や、時奈はバタンという音を立てて膝をついた。

嗚咽混じりの声は、今にも崩れそうな感情をなんとか支えようとしているようだった。

「全部、私が悪いの……私なんか、来なければよかったのよ……」

「文音、怒らないで。私、土下座してでも謝るから、ね?」

そばに立つ涼生は、喉仏を上下させ、黒い瞳には複雑な切なさが渦巻いていた。

彼は時奈を抱き起こし、自ら屈んで……豆腐を拾い始めた。

立ち上がったあとも、高級なスーツの袖で、豆腐についた泥を丁寧に拭き取った。

「……これで、少しは気が済んだか?」

その瞳に浮かんだ抑えきれない嫌悪と、苛立ちを目にした瞬間、文音の脳裏には五年前、二人で想いを確かめ合った日の記憶がよみがえった。

いつも冷静だった涼生が、彼女の承諾を得た瞬間、まるで少年のように無邪気な笑顔を浮かべていた。

あの時の彼の瞳には、まばゆい光が宿り、惜しみない愛情が溢れていた。

結局、最後にその愛は消えたのだ。

文音は涼生の手から豆腐をつまみ上げ、あからさまな嫌悪を隠すことなく、それをポイっと遠くへ投げた。

「ごめんなさい、私って潔癖症なの。汚れたものには、もう触れたくないの」

その言葉には、明らかな含みが込められていた。

涼生と時奈に一瞥もくれず、文音は背筋を伸ばし、足を引きずるようにして車へと向かった。

助手席に乗ろうとするが、先に車のドアが開かれた。

またしても耳障りな甘ったるい声が飛んできた……時奈だった。笑顔で声をかけてきた。

「文音、後ろに座ってくれない?ちょっと車酔いしやすくて……

それに、この車の助手席は、私もう慣れてるの」

そう言ってぱちぱちと瞬きをしながら、まるで天使のような笑顔を浮かべていたが、その目の奥には、挑発と勝ち誇った色がはっきりと見えた。

文音は唇をゆるめ、冷たい笑みを浮かべた。

そして時奈の目の前で、そのまま助手席に堂々と腰を下ろした。

時奈が涙を浮かべそうになった瞬間、文音は鼻で笑い、冷たく言った。

「ねえ、毎日『義弟』の助手席に乗ってるとき、彼に聞いたことある?この車、誰が買ったのかって」

ちょうど歩み寄ってきた涼生は、その皮肉に満ちた一言を聞き、端正な顔に瞬時に氷のような冷気を漂わせた。

何も言わず、彼は時奈のために後部座席のドアを開け、優しく慈しむような口調で言った。

「大丈夫だ。車酔いの薬はちゃんと用意してある。気分が悪くなったら、すぐ言って」

時奈は涙ぐんだ目で涼生を見つめ、甘えるように言った。

「涼生……やっぱり、あなたが一番優しいわ」

まるで、二人が本物の婚約者であるかのような空気だった。

涼生がふと前を向くと、目を閉じて静かに休んでいる文音の姿が視界に入った。

その瞬間、胸の奥に激しい怒りがこみ上げた。

拳を握りしめ、腕に浮かぶ血管が怒張した。

耐えきれず、苦悩に満ちた声で言った。

「そうだよ、この車はお前が長年貯めたお金で買ってくれたものだ。

でもさ、俺たちの間で、そんな細かいことまで気にする必要があるのか?」

文音はゆっくりと顔を上げ、その美しい瞳には皮肉しか浮かんでいなかった。

「ちゃんと覚えてたんだね。

なら、月島時奈を乗せるたびに、どうして思い出せなかったの?」

涼生は深く息を吐き、失望に満ちた声で言った。

「お前って、本当にいつまでも細かいんだな」

文音はまぶたを伏せ、その奥に潜む憎しみをそっと隠した。

「……ごめんなさいね、私ってこういう性格なの。

今回出てきたのも、きっちりケリをつけなきゃならないことがあるんだよ」

涼生は、それをただの嫉妬だと思い込んだ。

そして彼が車に乗ろうとしたそのとき……怒りに満ちた顔の数人が、大勢の記者を引き連れて突然突進してきた。

車を取り囲み、窓を激しく叩きながら、先頭にいた中年の女性が怒声を上げた。

「このクズ女!お前がうちの娘を殺したんだ!命で償え!」

時奈は慌てて、相手を間違っているふりをして、助手席にいる文音にしがみついた。

「文音を傷つけないでください!この子は関係ないの!」

しかしその手で、巧妙に助手席側のドアロックを外していた。

次の瞬間、文音は髪をつかまれ、車から無理やり引きずり出された。

涼生がようやく動こうとしたそのとき……耳に届いたのは、時奈の怯えたすすり泣きだった。

「涼生、助けて……怖いの……!」

たった一言で、彼は迷いなく時奈の元へ駆け寄った。

地面に押さえつけられている文音を、一度も振り返ることなく。

文音は必死に抵抗しながら、鼻をつくような硫酸のような異臭を嗅ぎ取った。

恐怖と生存本能に突き動かされ、大声で助けを求めた。

だが返ってきたのは……車のエンジン音だけだった。

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)