文音は、もう涼風を待たない第2話
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その言葉が終わるや否や、時奈はバタンという音を立てて膝をついた。
嗚咽混じりの声は、今にも崩れそうな感情をなんとか支えようとしているようだった。
「全部、私が悪いの……私なんか、来なければよかったのよ……」
「文音、怒らないで。私、土下座してでも謝るから、ね?」
そばに立つ涼生は、喉仏を上下させ、黒い瞳には複雑な切なさが渦巻いていた。
彼は時奈を抱き起こし、自ら屈んで……豆腐を拾い始めた。
立ち上がったあとも、高級なスーツの袖で、豆腐についた泥を丁寧に拭き取った。
「……これで、少しは気が済んだか?」
その瞳に浮かんだ抑えきれない嫌悪と、苛立ちを目にした瞬間、文音の脳裏には五年前、二人で想いを確かめ合った日の記憶がよみがえった。
いつも冷静だった涼生が、彼女の承諾を得た瞬間、まるで少年のように無邪気な笑顔を浮かべていた。
あの時の彼の瞳には、まばゆい光が宿り、惜しみない愛情が溢れていた。
結局、最後にその愛は消えたのだ。
文音は涼生の手から豆腐をつまみ上げ、あからさまな嫌悪を隠すことなく、それをポイっと遠くへ投げた。
「ごめんなさい、私って潔癖症なの。汚れたものには、もう触れたくないの」
その言葉には、明らかな含みが込められていた。
涼生と時奈に一瞥もくれず、文音は背筋を伸ばし、足を引きずるようにして車へと向かった。
助手席に乗ろうとするが、先に車のドアが開かれた。
またしても耳障りな甘ったるい声が飛んできた……時奈だった。笑顔で声をかけてきた。
「文音、後ろに座ってくれない?ちょっと車酔いしやすくて……
それに、この車の助手席は、私もう慣れてるの」
そう言ってぱちぱちと瞬きをしながら、まるで天使のような笑顔を浮かべていたが、その目の奥には、挑発と勝ち誇った色がはっきりと見えた。
文音は唇をゆるめ、冷たい笑みを浮かべた。
そして時奈の目の前で、そのまま助手席に堂々と腰を下ろした。
時奈が涙を浮かべそうになった瞬間、文音は鼻で笑い、冷たく言った。
「ねえ、毎日『義弟』の助手席に乗ってるとき、彼に聞いたことある?この車、誰が買ったのかって」
ちょうど歩み寄ってきた涼生は、その皮肉に満ちた一言を聞き、端正な顔に瞬時に氷のような冷気を漂わせた。
何も言わず、彼は時奈のために後部座席のドアを開け、優しく慈しむような口調で言った。
「大丈夫だ。車酔いの薬はちゃんと用意してある。気分が悪くなったら、すぐ言って」
時奈は涙ぐんだ目で涼生を見つめ、甘えるように言った。
「涼生……やっぱり、あなたが一番優しいわ」
まるで、二人が本物の婚約者であるかのような空気だった。
涼生がふと前を向くと、目を閉じて静かに休んでいる文音の姿が視界に入った。
その瞬間、胸の奥に激しい怒りがこみ上げた。
拳を握りしめ、腕に浮かぶ血管が怒張した。
耐えきれず、苦悩に満ちた声で言った。
「そうだよ、この車はお前が長年貯めたお金で買ってくれたものだ。
でもさ、俺たちの間で、そんな細かいことまで気にする必要があるのか?」
文音はゆっくりと顔を上げ、その美しい瞳には皮肉しか浮かんでいなかった。
「ちゃんと覚えてたんだね。
なら、月島時奈を乗せるたびに、どうして思い出せなかったの?」
涼生は深く息を吐き、失望に満ちた声で言った。
「お前って、本当にいつまでも細かいんだな」
文音はまぶたを伏せ、その奥に潜む憎しみをそっと隠した。
「……ごめんなさいね、私ってこういう性格なの。
今回出てきたのも、きっちりケリをつけなきゃならないことがあるんだよ」
涼生は、それをただの嫉妬だと思い込んだ。
そして彼が車に乗ろうとしたそのとき……怒りに満ちた顔の数人が、大勢の記者を引き連れて突然突進してきた。
車を取り囲み、窓を激しく叩きながら、先頭にいた中年の女性が怒声を上げた。
「このクズ女!お前がうちの娘を殺したんだ!命で償え!」
時奈は慌てて、相手を間違っているふりをして、助手席にいる文音にしがみついた。
「文音を傷つけないでください!この子は関係ないの!」
しかしその手で、巧妙に助手席側のドアロックを外していた。
次の瞬間、文音は髪をつかまれ、車から無理やり引きずり出された。
涼生がようやく動こうとしたそのとき……耳に届いたのは、時奈の怯えたすすり泣きだった。
「涼生、助けて……怖いの……!」
たった一言で、彼は迷いなく時奈の元へ駆け寄った。
地面に押さえつけられている文音を、一度も振り返ることなく。
文音は必死に抵抗しながら、鼻をつくような硫酸のような異臭を嗅ぎ取った。
恐怖と生存本能に突き動かされ、大声で助けを求めた。
だが返ってきたのは……車のエンジン音だけだった。
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