愛人の妊娠を喜ぶ種なし夫を捨てます第2話
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適当な言い訳をして彼をなだめ、私は彼をバスルームへと向かわせた。
人が何か行動を起こせば、必ずどこかに痕跡が残る。
それは奏也だって同じだ。
私は彼が持ち帰った仕事用のカバンやファイルを、震える手で片端から探った。
そして、一番下の目立たない場所から、くしゃくしゃに丸められた一枚の病院の領収書を見つけ出した。
患者名には、「林美羽(はやし みう)」とある。
――あの若いインターン生の名前だ。
そして内容欄には、産婦人科、妊娠検査、妊娠6週目と印字されていた。
さらに絶望的なことに、支払人のサイン欄には、見慣れた奏也の文字が堂々と書き殴られていた。
日付は先月。
妊娠6週目……
計算すれば、ちょうど私の誕生日の頃だ。
あの日、彼は「急なトラブルが起きた」と言って、一晩中家に帰ってこなかった。
翌朝、ひどく疲れた顔で帰宅した彼は「ごめん、紬希を驚かせるための準備で徹夜していたんだ」と優しく笑った。
私はてっきり、その日の夜に彼が用意してくれた盛大なサプライズ花火のことだと思い込んで、嬉し泣きまでしたのだ。
まさか、本当のサプライズが、他の女の腹の中に自分の子供を仕込んでいたことだったなんて!
家では完璧な愛妻家を演じながら、外では若い愛人と体を重ねる。
ねえ、奏也。そんな二重生活をしていて、疲れないの?
心の中でヒステリックに彼を罵倒しながらも、私はその領収書を彼に突きつけて答えを迫る気にはなれなかった。
バスルームのシャワーの音が止んだ。
私は音を立てないように、急いでベッドに潜り込んだ。
腰にバスタオルを巻いたまま出てきた奏也は、いつものようにごく自然な動作でベッドに入り、私を抱きしめようとした。
私は彼に背を向けたまま、目尻からこぼれ落ちた涙をシーツに擦り付け、できる限り平坦な声を絞り出した。
「……今夜は、ゲストルームで寝てくれない?少し風邪気味みたい。あなたにうつしたら大変だから」
奏也は一瞬動きを止めたが、すぐに私の額へ心配そうに手を当ててきた。
「かかりつけの医者を呼ぼうか?俺は寝なくていいから、ずっとそばについてるよ」
「ううん、いいの。あなたが隣にいると、かえって気を遣って休めないから」
私は自然なふりをして、彼の手の温もりから逃れるように体をずらした。
今回ばかりは彼も無理強いはせず、ただ毛布の上から軽く私を抱きしめた。
「わかった。何かあったらすぐ呼ぶんだよ」
そう言って、彼は立ち上がり部屋を出て行った。
ガチャリとドアが閉まるその瞬間まで。
私は心のどこかで、彼が私の強がりに気づいて「やっぱり心配だから」と戻ってきてくれるのを、馬鹿みたいに期待していた。
でも、彼は戻ってこなかった。
きっと、早く美羽にメッセージを送りたくてたまらなかったのだろう。
昼間、会社で彼女が「今夜、社長に素敵なご褒美を用意してますからね」と甘ったるい声で囁いていたのを思い出す。
今頃、彼は彼女に指示を出して、私という妻がいる家では味わえないような、背徳的で刺激的な情事を計画しているのかもしれない。
そんな想像が頭の中を駆け巡り、止めどなく涙があふれて枕を濡らした。
10年という月日は、決して短くはない。
でも、どんなに深い愛も、時間とともに薄れてしまうものなのだろうか?
あんなにも熱烈に私を求めていた人が、どうして先に冷めてしまったの……
翌日。
私は意を決して、再び彼の会社に足を運んだ。
しかし、社長室に奏也の姿はなかった。
秘書に尋ねると、「社長は郊外の開発プロジェクトの視察に向かわれました」という。
郊外の開発エリア。
そこは、ただの仕事の現場ではない。
かつて彼が、私への愛の証としてプレゼントしてくれた別荘がある場所だった。
……
郊外の静かな別荘地に、私の車は音を立てずに滑り込んだ。
庭の木陰に身を潜め、少しだけ開け放たれたリビングの大きな窓ガラス越しに室内を覗き込む。
周囲は不気味なほど静まり返っており、風に乗って微かな声がはっきりと私の耳に届いていた。
窓の向こうでは、奏也が私に背を向けて立っていた。
その腕の中には、透けてしまいそうなほど薄いネグリジェを纏った美羽が、骨抜きにされたようにぐったりと寄りかかっている。
「社長……この間の夜、言われた通りにちゃんとお手入れしましたよ。綺麗になってるか、確かめてみませんか?」
甘ったるい嬌声とともに、奏也の大きな手が彼女の服の中に滑り込むのが見えた。
その手が中で何をしているのか、想像するだけで胃液が込み上げてくる。
美羽の頬は次第に赤く染まり、荒い息遣いの中に途切れ途切れの言葉が混じった。
「社長……お腹の赤ちゃん、もう三ヶ月ですよ。パパのことが分かるようになってきたみたい……
今日はもう帰らないで、ずっと一緒にいてくれませんか?あんな、子供も産めない役立たずの妻のところになんて帰る必要――きゃあっ!」
鈍い音が響いた。
奏也が突然、抱き寄せていたはずの美羽を乱暴に床へと突き飛ばしたのだ。
床に尻餅をついた美羽は、何が起きたのか分からないといった顔で、みるみるうちに涙目を浮かべて彼を見上げた。
しかし、奏也の口から吐き出されたのは、身の毛がよだつほど冷酷で、嫌悪感に満ちた声だった。
「自分の立場を弁えろ。俺が用があるのは、お前の腹の中にある肉塊だけだ。お前自身には微塵も興味はない。
間違っても、紬希の代わりになれるなんて思い上がるなよ。もしそんな素振りを見せたら、二度とこの業界を歩けないようにしてやるからな」
凍りつくような沈黙の後、奏也は少しだけトーンを落とし、財布からブラックカードを抜き出して美羽の顔に投げつけた。
「これで胎児に良い栄養剤でも買え。いいか、この子の母親は紬希ただ一人だ」
そう言い捨てると、彼は傍らのティッシュを乱暴に引き抜き、たった今美羽の肌に触れていた自分の指先を、まるで汚物でも触ったかのようにゴシゴシと拭い始めた。
「お前はただの器だ。無事に産み落としたら、さっさと俺たちの目の前から消えろ。
紬希が子供を欲しがっているから、俺は彼女に『完璧な家族』を与えたいだけなんだ。
それがなければ、お前みたいな安い女が俺の視界に入れるわけがないだろうが」
庭先に立ち尽くす私は、あまりのショックで全身の血液が凍りつき、関節が怒りで軋むのを感じた。
ああ、そういうことか。
彼の頭の中では、妻を裏切り、外で別の女に子供を作らせるという下劣な行為でさえ、「紬希のため」「彼女に完璧な家族を与えるため」という美談にすり替わっているのだ。
この男の自己陶酔に満ちた歪んだ愛情に、私は吐き気を通り越して狂気すら感じた。
胃の奥が激しく波打ち、立っているのも限界だった。
私は逃げるように自分の車へと戻り、運転席に転がり込んだ。
その時だ。
窓越しに見える室内の奏也のスマートフォンが、けたたましく鳴り響いた。
「なに?紬希がこっちに向かってるだと?なぜもっと早く知らせなかった!!」
電話に出た瞬間、奏也の顔から血の気が引くのが見えた。
先ほどまでの冷酷な支配者の顔は消え失せ、恐ろしいほどの焦燥とパニックが彼を支配していた。
「早くクローゼットの奥に隠れろ!いいか、少しでも音を立てたら、生きてることを後悔させてやるからな!!」
「でも社長……私、もっとあなたと……お医者様も、妊婦の精神状態は胎児に影響するって……」
クローゼットに押し込まれそうになりながら、美羽は哀れっぽくすがりついた。
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