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愛人の妊娠を喜ぶ種なし夫を捨てます第3話

この話は約2605字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

奏也は舌打ちをし、「すぐに相手をしてやる。今はとにかく黙ってろ」と吐き捨てて、乱暴にクローゼットの扉を閉めた。

そして彼は、大きく深呼吸を一つした。

たったそれだけの動作で、彼の顔には、私がこの10年間見続けてきた「底抜けに優しくて妻思いの夫」の仮面が、完璧に貼り付けられた。

玄関の扉が開き、足早に外へ出てきた彼が、私の車を見つけて駆け寄ってくる。

運転席で苦しそうにうずくまる私を見るなり、彼の瞳からは痛ましいほどの愛情と心配が溢れ出した。

「紬希!どうしてこんな所まで来たんだい?

あいつら、君の体調が優れないのを知っているのに、一人で出歩かせるなんて……!帰ったら使用人は全員クビにしてやる!」

怒りと悲しみで息が詰まりそうだった私は、ただ力なく手を上げ、「そんなことしないで」と彼を制止することしかできなかった。

「紬希、お願いだからこれ以上自分を痛めつけるような真似はしないでくれ。俺を心配で死なせる気かい?」

細かく震える声で私を気遣う彼のその態度は、まるで私が触れただけで壊れてしまうような、かけがえのない宝物であるかのようだ。

つい数分前まで、別の女と獣のように絡み合っていたくせに。

私はこみ上げる強烈な吐き気と感情を必死に押し殺し、努めて平坦な声を出した。

「会社で、あなたがこのエリアの開発プロジェクトを視察しに来ていると聞いてね。

……でも、どうして仕事の途中で、この別荘に立ち寄ったの?それに、あなた一人だけ?」

私の探るような問いかけにも、奏也は顔色一つ変えずに柔らかく微笑んだ。

「実は、ベビー部屋の改装の下見に来ていたんだよ」

彼は私の頭を優しく撫で、愛おしそうに、けれど少しだけ困ったように目を細めた。

「君へのサプライズにしたかったんだけど、バレてしまったか。

紬希、遠い異国の代理母エージェントと話がついたんだ。俺たちも、もうすぐ自分たちの子供を持てるようになるんだよ。

そうしたら、君と俺と子供と、家族水入らずでここで暮らそう。君はただ子供のそばで笑っていてくれればいい。

俺が外で稼いで、家事も全部やるから。……一生、そうやって生きていこう。ね?」

甘く蕩けるような瞳で愛を囁く彼を見つめながら、私は全身の血液が凍りつくような悪寒に襲われていた。

奏也、あなたの口から吐き出される嘘は、どうしてそんなに滑らかなの?

海外の代理出産だなんて、よくもそんな見え透いた嘘がつけるものだ。

どうせ試験管の力なんか借りていないんでしょう?あなたのその汚らわしい欲望のままに、直接彼女の体内に仕込んだ子供のくせに。

この別荘のクローゼットの奥に自分の種を宿した女を隠しておきながら、平然と正妻の私に永遠の愛を誓う。

……本当に、反吐が出るほど滑稽だ。

……

その日の夜。

奏也は上機嫌で、一枚の招待状を私に差し出した。

それは上流階級の人間しか立ち入れないチャリティー夜会のチケットだった。

今夜は私の大好きな高名なピアニストが演奏を行う予定で、滅多に手に入らないプラチナチケットと化している代物だ。

私のご機嫌をとろうとする彼の瞳の奥には、どこまでも深い愛情が湛えられているように見える。

私はすべてを知っていることを悟られないように、嬉しそうなふりをして頷いた。

ちょうどいい。

この男が一体いつまでこの「完璧な愛妻家」の芝居を続けられるのか、最前列で見物してやろうじゃないの。

夜会の会場でも、奏也は片時も私のそばを離れなかった。

私に勧められるお酒をすべて代わりに飲み干し、私が歩くたびにドレスの裾が汚れないように気を配る。

周囲の華やかな夫人たちは、そんな私たちを見て羨望の溜め息を漏らしていた。

「高瀬社長は、本当にいつ見ても奥様に首ったけですわね」

「奥様が跡継ぎをお産みになれなくても、あれほど愛し続けていらっしゃる。あれこそ本物の愛というものですわ」

奏也はそんな周囲の称賛にも気にも留めず、ただひたすらに私を世話してくれている。それはもう、彼の細胞の隅々にまで刻み込まれた本能のようだった。

その時、不意に背後からドンッと強い力で突き飛ばされた。

ヒールのバランスを崩した私は、あわや高く積まれたシャンパンタワーに突っ込みそうになる。

間一髪のところでどうにか足を踏ん張り、私は弾かれたように後ろを振り返った。

そこには、してやったりの意地悪い笑みを浮かべる美羽の姿があった。

今、私を突き飛ばしたのは間違いなく彼女だ。

しかし、どうして彼女がここにいるの?

給仕としてすら入り込むことができないこの厳格な夜会に、一介のインターン生でしかない彼女が足を踏み入れる資格などあるはずがない。

彼女をここへ招き入れることができる人間なんて、奏也しかいないのだ。

彼の私に対する「唯一の愛」は、とうの昔に真っ二つに割られ、美羽にも分け与えられていたのだ。

いや、もしかしたらこの先、三等分、四等分されていくのかもしれない。

「危ないっ!」

誰かの悲鳴が華やかなホールに響き渡った。

私が呆然と立ち尽くすその頭上へ、二メートル近い高さに積み上げられていたシャンパンタワーが、恐ろしい勢いで崩れ落ちてくる。

「紬希!」

私を命より大事だと言っていた夫は、その瞬間、間違いなく私を助けようと飛び出してきた。

――しかし。

彼の視線が、美羽のわずかに膨らんだ下腹部を捉えた瞬間。

その体は、不自然なほど急激に軌道を変えた。

彼は私に背を向け、美羽の体を庇うように覆い被さったのだ。

ガシャアアアンッ!!

硬質なガラスが粉々に砕け散る轟音が耳をつんざき、鋭い破片が容赦なく私の背中に突き刺さる。

あちこちから噴き出した血が、あっという間に純白のドレスを赤黒く染め上げていった。

痛いはずなのに、私の心はどこまでも冷え切って、何の感情も湧いてこなかった。

ただ、床に倒れたまま、血溜まりの中で自分以外の女をきつく抱きしめる夫の背中を、虚無の目で見つめていた。

あんなにも、自分の血を分けた子供が欲しかったのね。

でも、奏也。あなたは知らないでしょう?

私はずっと海外の専門医にかかっていて、とうの昔に妊娠できる体に回復していることを。

そして、極秘で受けた精密検査の結果……

本当に子供が作れない体だったのは、私ではなく、あなたの方だってことを。

「……あ、あぁ……っ!」

美羽が無事だと確認し、安堵の息を吐いた奏也が振り返った。

血の海に沈む私を見た瞬間、彼の顔からスッと血の気が引き、死人のように青ざめた。

「紬希っ!!」

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