愛は、花を慈しむように第2話
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だが、美和の予想に反し、言弥は素早く動いた。
彼はさやかの前へ立ちはだかると、その腕で美和を強く突き飛ばした。
美和は肩に鋭い痛みを感じるや否や、そのまま床に激しく叩きつけられた。
驚愕、呆然、絶望――
すべてが刃となって、美和の胸を容赦なく突き刺す。
そんなにも、その子供を大事にしているの?
私を突き飛ばしてまで、彼女を守りたいの?
言弥も、自分の手を見下ろしたまま言葉を失っていた。
自分自身の行動に怯え、弁解の言葉すら見つけられずにいる。
その無様な姿が目に映った瞬間、美和は嗚咽を混じらせながら笑い出した。
「言弥……これが、あなたの言う『愛してる』ってこと?」
そして視線をさやかへと移す。
「あなたもよ……これが私への恩返しなの?」
立て続けの問いかけに、二人は同時に言葉を失った。
美和は顔面蒼白のまま言弥を見つめ、最後の問いを絞り出した。
「私を裏切るつもりじゃないって言ったわよね……じゃあ、その子と私、どっちを選ぶの?」
言弥は後ろめたさに苛まれたように、美和から視線を逸らした。
しばらくの沈黙のあと、苦しげに口を開く。
「美和、頼むから取り乱さないでくれ。落ち着いたら、ちゃんと話す。この子だけは……、どうしても産ませてやりたいんだ」
そう言い残し、言弥はさやかを支えながら背を向け、立ち去ろうとした。
美和の全身が震え出し、胸の痛みと同時に、下腹部にも鈍く重い痛みが走る。
足元へ目を落としたとき、白いスカートがじわりと濡れていくのが見えた。
赤く滲む色が視界を突き刺し、全身を恐怖が覆う。
「言弥……」
美和は苦しげに声を絞り出した。
私も妊娠したと、私たちの子供を助けと欲しいと……彼に伝えたかった。
けれど、声を出そうとすればするほど、息だけが荒く漏れ、言葉が空気の中に溶けて消えていく。
背後から呼びかける声が届いたのか、言弥の足が止まった。
一瞬、希望の光が差し込んだかと思ったが、彼は振り返ることなく、そのまま病院の廊下の角を曲がり、ゆっくりと視界から消えていった。
美和は完全に絶望した。
その瞬間、この結婚もまた終焉を迎えたのだと悟った。
そして、美和は震える体を無理やり起こし、下腹部を押さえながら、壁伝いに医師の診察室へと歩みを進めた。
扉を開けた瞬間、佐藤小百合(さとう さゆり)医師が驚きの表情で美和を見つめた。
「美和さん……早く帰って安静にするように言ったでしょう。胎児が着床したばかりで、一番大事な時期なのよ」
しかしすぐに、美和のスカートに滲む血に気づき、医師の顔色が変わった。
「誰か!至急、手術の準備を!」
すぐに看護師たちが駆けつけ、美和をベッドへと運んだ。
佐藤医師は美和の手を握り、憂いを帯びた声で告げる。
「どうして……やっと授かった命なのに。この出血量だと……子どもは、おそらく……」
美和の胸は息苦しさでいっぱいだった。どう告げればいいのか、途方に暮れた。
夫は、他の女性と子供を授かり……その夫に突き飛ばされたとは、とても言えなかった。
溢れんばかりの涙だけが頬をつたい、美和は佐藤医師の手を握り返して、震える声で告げた。
「……できる限りで構いません……もしダメだったら、それが私の運命なんでしょうから……」
そのまま、美和は手術室へと運ばれていった。
遠ざかる意識の中で、長い夢を見た。
夢の中で彼女は過去へと遡っていた。
あの頃の言弥は、まだ二十三歳だった。
花束を抱え、指輪を握りしめ、真剣な顔で美和の前に跪く。
「美和、俺と結婚してほしい。一生君だけを愛し、決して裏切らず、悲しませないと誓うよ」
結婚してからの五年間、言弥はその約束を守り続けてくれた。
周囲からも「奥さん一筋の男」と言われ、仕事以外の時間はほとんど美和と過ごしてくれた。
「君との子どもが欲しい」と、彼はいつも言っていた。
だから、言弥が不妊症だとわかったときも、美和は痛みに耐えながら体外受精を続け、二人の子どもを授かろうと努力した。
それなのに――どうして、彼はこんな仕打ちをするのだろう。
一体どうして……
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