愛されるべき人は彼女、消えていい人は私第2話
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克己を見つめる私の喉には、砕けたガラスを一掴み詰め込まれたような痛みがあった。
「……言ったはずよ」
彼は反射的に言い返す。
「そんなはずない」
克己はスマホの画面を、長いこと見つめていた。
「あの頃、彩也子の肺炎がぶり返して……立て続けに2回、入院してた。確かに、手が回ってなかったかもしれない」
言い訳をしているわけではなかった。本当に、忘れていたのだ。
彼の記憶の中で私に割かれる容量は、もともと手術のひとつも収まらないほど小さかったのだから。
私は慎一とのメッセージアプリのトーク履歴を開いた。
【兄さん、明後日手術なんだけど、来られる?】
【終わったら連絡くれよ。今日明日、彩也子の引っ越し手伝ってて手が離せないんだ】
小織とのやり取りもあった。
【小織、明後日手術なの。ちょっと怖くて】
【え?大がかりなの?終わったら教えてね!ここ数日彩也子の気分転換に付き合ってて……あの子、最近調子悪いから】
3つのメッセージ、3人の相手、3つのバージョン。
行き着く答えは、結局ひとつだった。
私は、彩也子の後回し。
手術が終わったその日、私はひとりで手術室から運び出された。
麻酔から覚めてスマホを確かめても、新着メッセージは1件もなかった。
克己に送った。
【手術終わった。無事だよ】
返信は早かった。
【わかった、ゆっくり休んで】
そのすぐ後、彼はSNSを更新していた。写真は、退院する彩也子が花束を抱えている1枚。添えられた文章は【やっと退院できた。これからは無理せず】。
コメント欄には慎一の【彩也子、お疲れ】の一言と、小織からのハートマークの連打。
それは、私が手術を受けた翌日のことだった。
……
克己は一連のやり取りを読み終えると、しばらく黙り込んでいた。
「……お前のことを気にかけてないわけじゃない」
「わかってる……っ」
私の声は、紙やすりで鉄板をこすったようにひどく掠れていた。
「ただ、私には気にかけられるまでもないと思ってるだけ」
慎一がドアを開けて入ってきた。手には、見舞いに持ってきたゼリーの入った紙袋を提げている。
廊下で何か聞こえたのか、その表情はわずかにこわばっていた。
「遥華、お前は昔からしっかりしてて、何でも自分で抱え込む性分だろう。あのメッセージの書き方も軽い調子だったから、大したことないんだと思い込んでた」
その後ろから小織も続く。
「私、克己さんが絶対付き添ってくれるものと思ってたし。夫婦なんだから、彼が行かなくて誰が行くのよ」
克己が慎一をちらりと見た。
「彼女には実の兄さんがついてる。だからてっきり、そっちで手配してくれてるものだと」
3人は、まるで責任を押し付け合うゲームでもしているようだった。
あの時、麻酔から目覚めた私のそばにいたのは、頼んでおいた付き添いの人だけだった。
その時はまだ、自分にこう言い聞かせていた。気にかけていないわけじゃない、たまたま用事が重なっただけだと。
けれど今なら、はっきりわかる。
彼らは、私の手術を知らなかったわけじゃない。
ただ、私のことはいつでも後回しにしていいと、当たり前のように思っていただけだ。
私が騒がないから。泣かないから。
たとえ置き去りにされても、自分ですべて片付けてしまうから。
彩也子が病室の外に立ち、自分を責めて泣いていた。
「全部、私のせいだよね……
私さえいなければ、みんなが遥華のことを見落としたりしなかった」
克己がすぐに立ち上がる。
「お前は関係ない」
慎一も重い声で言った。
「誰もお前を責めてない。自分のせいにするな」
小織がハンカチを取り出し、その涙を拭ってやった。
3人の動きは、まるで数えきれないほど稽古したかのように滑らかだった。
まるで、彩也子が泣きさえすれば、すべての問題が自動的に「私たちが彼女を悲しませてしまった」という構図にすり替わるかのように。
看護師が付き添い申請の用紙を手にして入ってきた。
「今夜は呼吸の様子を見る必要がありますので、できればご家族どなたか、付き添いをお願いできますか」
病室が、数秒静まり返った。
克己が口を開きかけた、その時。彩也子がぽつりと言った。
「ひとりで帰るの、怖いの……
だって目を閉じると、あの火が見えるから。
私、病院の廊下で一晩過ごそうかな。どのみち遥華にも、誰か付き添いが要るんだし」
克己が慎一を見た。
慎一が小織を見た。
小織がもう一度、彩也子を見た。
最後に、3人の視線は同時に彼女へと落ち着いた。
誰も、私を見なかった。
看護師はまだ入り口で、サイン待ちの用紙を手にしたままだった。
私が、代わりに答えた。
「大丈夫です。ひとりで平気ですから」
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