愛が消えた時第2話
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どれほど時間が経ったのか分からないが、ようやく電流が止まった。
私は全身汗まみれで、大きく息を吐きながら、まるで水の中から引き上げられたかのようにぐったりとしていた。
紗季は私の口に詰めていたガーゼを乱暴に引き抜き、汚らわしそうに床に放った。
「なんで……紗季……」
私は荒い息の合間に、かすれた声で問いかけた。
「私は何を間違えたの?どうしてそんなに私を憎むの?」
彼女は私を見下ろしながら、冷たく吐き捨てた。
「美月……どうして両親があなたを探し出したのか、本当に理解できない。あなたなんか、とっくにいなくなってたのに!一度捨てられたものは、二度と戻るべきじゃないのよ。この世界に余計な人間なんて必要ない!」
そう言い捨てると、彼女はドアを乱暴に閉めて出ていった。
その言葉が何度も何度も頭の中を反響する。
余計な人間。消えるべき存在。
でも私は……私は両親の本当の娘なのに……
誘拐されたのは私のせいなの?
やっと戻ってきた自分の家なのに、帰ることさえ許されないの?
意識が遠のき、私はそのまま気を失った。
どれくらい経っただろうか。
外から紗季の声が聞こえてきた。
「健太、ねえ……今夜、私と一緒にいてくれない?」
ガラス越しに、紗季が健太の首に手を回す姿が見えた。
その仕草はどう見てもただの友達ではなかった。
けれど、健太はすぐに彼女の手を振り払った。
「紗季、僕は前にも言ったはずだ。僕が愛してるのは美月だけだ!僕の心の中には美月しかいない。僕たちはもうすぐ結婚するんだ。頼むから、これ以上距離を詰めないでくれ」
彼はそう言い残すと、振り返ることもなくその場を去っていった。
私は呆然と立ち尽くした。
本当に、健太の心には私だけがいるの?
でも、もしそうなら、どうして私の言葉は、彼の心に届かないの?
あれほど信じていると言ってくれたのに、どうして紗季の「治療」ばかりを信じて、
私の苦しみを見ようとしないの?
もし、彼がいつか気づいたら、この「治療」が、私の命を早く終わらせるものだったとしたら、彼は後悔してくれるのかな……
胸が切り裂かれるように痛い。
私は静かにドアを閉め、自分の部屋へ戻った。
ベッドの下から、隠していた診断書を取り出す。
肺がん・末期。
その文字が目に突き刺さるようだった。
医者は言った。
「あなたは、あと三日しか生きられません」と。
三日後、ちょうど私と健太の結婚式の日だった。
でも、私はもうその日を迎えることはできない。
私は力なく微笑んで、部屋の整理を始めた。
そこには、健太との思い出がたくさん詰まっていた。
彼と一緒に作った陶器の人形。
不器用な出来で、私は笑い転げたっけ。
初めて二人で見に行った映画のチケット。
私はこっそり日記帳に挟んでいた。
このネックレスは彼が私につけてくれたもの。
「ずっと好きだよ」そう言ってくれた。
思い出が甘ければ甘いほど、現実の痛みは残酷でしかない。
私はそれらをひとつひとつ箱に詰め、涙を拭うことなく、そっと蓋を閉じた。
そして階下へ向かい、食卓についた。
両親はすでに席についていて、紗季の皿に料理を取り分けていた。
私を見ると、父がにこやかに声をかけた。
「美月、早く座りなさい。ごはんが冷めちゃうぞ」
母もにこにこしながら私の皿に料理を盛る。
「そうよ、美月。病人なんだから、たくさん食べなきゃ」
私は無言でうなずき、席についた。
けれど、テーブルの上には紗季の好物ばかりが並び、末期がんの私が口にできるものはひとつもなかった。
私は唇を噛み、箸を置いて言った。
「お父さん、お母さん……話があるの」
「何だい?」父が答える。
「この数日だけ、治療を休んでもいいかな?三日後の結婚式の準備に集中したいんだ」
私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、父は眉をしかめた。
「ダメだ。治療は何よりも優先だ」
健太もやさしく言った。
「美月、身体が一番大事だよ。式の準備は僕に任せて、あなたは元気な花嫁になることだけ考えて」
紗季は申し訳なさそうな顔で言う。
「ごめんね、美月……今回の治療は痛みが強くて辛いのよね……」
けれどその目には、私への勝ち誇ったような挑発が浮かんでいた。
父はすぐに紗季をかばった。
「紗季は悪くないぞ。全部、美月のためにやってくれてるんだ。美月、だめよ、治療を休んだら、式の日に倒れるかもしれないじゃないか」
母も同意する。
「そうよ、美月。紗季の言う通りにしなさい。毎日欠かさず治療を受けるのよ。ね、いい子でしょ?」
私は手のひらをぎゅっと握りしめた。
お父さん、お母さん……
もし、あなたたちがこの「治療」が私の命を削ってると知ったら、それでも今と同じことを言えるのかな?
そのとき、紗季がにっこりと笑いながら私に近づいてきた。
「さあ、美月。治療の時間よ」
私は反射的に拒否した。
「いや……」
健太の声が少し冷たくなる。
「美月、もうわがまま言わないで。治療はあなたのためなんだ」
父も母も口を揃える。
「そうよ、美月、言うことを聞きなさい。もし聞かないなら、健太との結婚式は延期するよ!」
以前の私だったら、きっと大声で怒鳴り返していただろう。
だって私は、健太のことが大好きで、彼と結婚できることを何よりも楽しみにしていたから。
でも今の私はただ唇を噛みしめ、涙を静かに流す。
私は痛みが怖いんじゃない。
この「治療」が、私に残された三日さえも奪ってしまうのが怖いんだ。
もし、あの治療室に入ってしまったら、私はもう二度と出てこられないかもしれない。あなたたちの顔を見られないかもしれない。
私は、まだ死にたくない。
私が泣いているのを見て、母の目に涙が浮かび、そっと私の頬を拭って優しく囁く。
「泣かないの、いい子ね。治療が終われば、きっと楽になるから……」
紗季は優しさを装いながら、無理やり私の腕を掴み、上の階へと引っ張っていく。
「さあ、行くわよ、美月」
彼女は私の耳元で低く囁く声は、凍るように冷たかった。
「もしまた逆らったら……さっきよりもっと強い電流を流してあげる」
私はとっさに健太の方を見た。
助けて!
心の中で叫びながら、目で訴えた。
でも彼はただ、「頑張れ」とでも言いたげに微笑んだだけだった。
私は実験室に運ばれ、治療台に縛りつけられた。
紗季は注射器を手に取り、声を潜めて言った。
「ねえ美月……末期の肺がんって、どんな気分?どうせ死ぬなら、私の薬の実験台になってくれよ」
そう言って、彼女は薬をぐいっと私の体に注射した。
冷たい液体が血管を流れ、私の意識はだんだんと遠のいていった。
筋肉は痙攣し、全身が痛みに引き裂かれていく。
死ぬのかな。
もう、二度とお父さんにも、お母さんにも、健太にも会えないのかな……
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