想いの果てに、すべては消える第2話
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その夜、傷口が炎症を起こし、熱は40度近くまで上がった。
僕はたった一人で医師を呼びに行き、会計も済ませた。
背後では、看護師たちが声を潜めていた。
「神谷さんはかすり傷なのに、恋人が特別個室へ移したんでしょう。この人はこんな状態でも一人なのね」
僕は自嘲気味に笑い、振り返った。
その瞬間、正面から現れた美晴に頬を打たれた。
「悠人、いいかげんにして!
どうして私の家族カードで払ったの?怜央にあなたが夫だと知られるでしょう!
ちゃんと話したじゃない?彼とは必ず別れる。でも、時間が必要なの。ここまでしているのに、まだ何が不満なの?」
ただでさえ衰弱していた僕の体は、今にも倒れそうに揺れた。
焼けつくような平手の跡が、真っ赤な両目をいっそう痛々しく見せていた。
そこでようやく美晴は声を和らげ、1歩近づいて僕を抱きしめた。「この世界で、あなたを一番愛しているのは私よ。それくらい、あなたにも分かるでしょう。
あなたが待っていてくれさえすれば、私は必ずきっぱり別れて家庭に戻るから」
誰からも疎まれる施設育ちだった僕は、美晴から大勢の前でプロポーズされたとき、自分ほど幸せな男はいないと思った。
周囲の人々は信じられないといった顔で、よくこう漏らした。
「どれだけ運がよければ、美晴みたいな奥さんをもらえるんだ?」
僕はその愛に溺れ、抜け出せなくなっていた。
あのときまでは……
怜央が機嫌を損ねると、美晴は僕がいじめられている映像を公然と見せて、彼の機嫌を取った。そのせいで僕は財界の御曹司たちから露骨に排斥された。
怜央から電話が1本入っただけで、彼女は僕を人けのない山あいに置き去りにした。歩いて帰る途中、野生動物に襲われかけたこともある。
やがて仕打ちはますますひどくなり、美晴は怜央が深夜に電話をかけ、2人がベッドで交わす吐息を聞かせることさえ黙認した。僕は心を病む寸前まで追い詰められた。
それなのに彼女は、僕の心が狭く、少し脅されただけで大げさに騒いでいると責めた……
頬を冷たい涙が伝い、痛みで額には汗が噴き出した。
それでも美晴は、苦しむ僕の顔を直視することを避け、ただ車の鍵を僕の手のひらに押し込んだ。
「あなたがここにいたら、怜央が落ち着いて療養できない。今すぐ退院の手続きをして」
全身が熱を帯び、目の前が何度も暗くなった。それでも僕は「分かった」と答えた。
美晴の表情が複雑に揺れた。
そのとき、佐伯(さえき)園長の携帯から電話が入った。
園長先生が心臓発作を起こし、上の階のERに救急搬送されたという報せに、僕はよろめきながら上の階へ駆け上がった。
佐伯園長の顔は紫色に変わり、息をすることさえ苦しそうだった。
医師は処置を続けながら説明した。
「さっき若い男性がやって来て口論になり、こちらの方を殴ったうえ、ひどい言葉を浴びせたんです!」
僕は思わず目を見開いた。
両親のいない僕にとって、佐伯園長は血のつながった家族以上の存在だった。
僕がよろめきながら振り返ると、怜央が美晴の背後に立っている。
「さっき、このおあさんが僕をヒモだって罵ったんだ。僕はひと言説明しただけなのに、勝手に倒れて、僕のせいにしようとしたんだ……」
怒りがこみ上げた。「嘘をつくな!」
怜央は僕をちらりと見て、体に残るわざとらしい「つねられた跡」を見せ、さらに被害者ぶった。
一方、園長先生の服からのぞく肌には、拳で殴られた痣がいくつも残っていた。
怜央が密かに浮かべた挑発的な表情を見て、僕はこらえきれず、詰め寄って彼を殴った。
だが次の瞬間、それ以上に強烈な平手が僕の頬を打った。
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