彼が私のビザ申請書類を抜き取った夜、私は別れる決意をした第2話
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「自分で稼いだお金で申請してるから」
「自分で稼いだって?」蒼真は冗談でも聞いたかのように笑った。「お前の父親の会社が倒産する前、自分がどんなだったか忘れたのか?うちが拾ってやらなきゃ、大学にだって通えてなかったはずだよな?」
「だから、私の許可もなしに書類を2通も抜いたの?」
蒼真の表情が一瞬凍りついた。
しかし、それは後ろめたさからきたものではなく、驚きのようだった。私が気づくとは、いや……気づいたとしても対応するとは、思ってもいなかったのだろう。
「どれくらい聞いた?」
「全部」
部屋が一気に静まり返る。
蒼真は踵を返し部屋を出て行った。入り口で一度足を止めたが、振り返ることはなかった。
「ビザが下りるかなんてまだわからないんだから、喜ぶのは早いぞ」
ベッドの上のアルバムは、私の10歳の誕生日のページで開かれたまま。
そして、梨花はそのページを一枚引き裂いて持って行った。
その写真は、蒼真が私の手を引く姿が写っていたものだった。
……
「本気で荷物まとめてるの?」
翌日の昼、また梨花がやってきた。
ドアの枠にもたれかかり、キャリーケースに服を詰め込む私を見下ろす梨花。口元の笑みはいつも通り、完璧に作り込まれたものだった。
「あなたに関係ある?」
「そんなつんけんしないでよ。私は心からあなたのことを心配してるんだから。言葉が通じない国での生活は本当に辛いんだよ。だから、蒼真くんも、あなたに合わないんじゃないかと思って――」
「だからわざと大事な書類を抜いたってわけ?」
梨花はまばたきを一つして、何も答えず棚から青い表紙のノートを取り出し、めくり始めた。
一気に頭に血が上る。
それは私の日記だ。
「それを置いて」
「あなた、昔はこんなに字が下手だったんだね」梨花がページをめくりながら声に出す。「今日、蒼真が傘に入れてくれた。彼も私のこと――」
私は日記をひったくった。
すると、後半のページに端が折られた跡があることに気づいた。
空白の部分には、鉛筆で何やら文字が書き込まれている。
しかし、これは私の筆跡ではない。
2月14日のページには「重要」、7月のページには「使える」と書かれ、横にはチェックマークもあった。
「ねえ……私の日記に書き込みをしてたの?」
「凪、なんで蒼真くんがあなたのことを、毛嫌いするようになったか、まだ分かってないの?」
梨花が椅子に座り、その顔からはさっきまでの笑みが消える。
「『面倒くさい』『重い』『自信がない』――そんなレッテルがどうしてあなたに貼られるようになったのか……考えたことがある?」
私は指の関節が白くなるほど、日記を強く握りしめた。
「私の日記の書き込みを、蒼真に見せていたのね……」
「だって、すごくよく書けていたんだもの」梨花が立ち上がり、ゆっくりとスカートを払った。
「蒼真くんは感情的な女が一番嫌いでしょ?でも、あなたはそれを全部紙に書いてくれた。だから、何ヶ所か選んで蒼真くんに見せたら、彼はあなたを面倒で品のない、面倒くさい女だと思ってくれたってわけ。
彼がなんであなたを避けるのか、なぜ恥ずかしい人だって言うのか……分かってくれた?」
「梨花……」
「被害者ぶらないでくれる?」
梨花が一歩踏み出してきて、息がかかるほどの距離で私に低く告げた。
「この家に来た日から、あなたは勘違いしてたの。所詮あなたは居候の厄介者。正式に認められた婚約者なんかじゃない。この家に、あなたの居場所なんて最初からないんだから。ビザも……手に入れられるのは私だけ。あなたには絶対渡らない」
その時、廊下から蒼真の足音が近づいてきた。
梨花の表情が一瞬で切り替わる。口元が下がり、瞳が潤み、か弱げに俯いた。
「蒼真くん……」梨花が今にも泣きそうな表情で蒼真に駆け寄った。「凪に……この家にいる資格がないって言われたの……」
まるで知らない他人のように私を見つめる、蒼真の冷ややかな眼差し。
「今度は何だ?」
「梨花が私に何を言ったのか、彼女に聞い――」
「もういい」蒼真は梨花の肩を抱き、きつい口調で私を遮った。「梨花は母親がいないんだ。もう少し考えてやれないのか?」
「彼女にもう一度言わ……」
「もういいって言っただろ」
梨花は蒼真の腕の中で震え、見事な芝居を続けている。
そして、蒼真の胸に顔を寄せたまま私を振り返り、唇を動かした。
声は出さずに、無言のまま。
[あなたの負け]
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