彼が私のビザ申請書類を抜き取った夜、私は別れる決意をした第1話
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実家が没落して奥山家に居候するようになってから、奥山蒼真(おくやま そうま)は一度も私・栗原凪(くりはら なぎ)をまともに見ようとはしなかった。
だが、留学申請の前日、蒼真は珍しく私の代わりに必要な書類をまとめてくれた。
別れを惜しんで目を赤くした私は、準備を終えると、お礼を言おうと蒼真の書斎のドアを開けた。
すると、中にいた蒼真は足を組みながら、電話の向こう側の相手に笑いかけていた。
「安心しろ。あいつの大事な書類を2つ、わざと入れなかったから。
確実に落ちるはず。そうすれば、お前の枠が空くからな」
入り口で立ち尽くす私と蒼真の視線が合う。
蒼真は面倒くさそうに電話を切った。
「盗み聞きか?
お前の英語じゃ、行っても恥をかくだけだろ?
だから、梨花(りか)に枠を譲れ。あいつが行った方がいいんだから」
大雨の中で私の手を取って「怖がらなくていい。俺が一生養ってやるから」とまで、言ってくれた人なのに、今では私の未来の邪魔をしてくる。
その日、私は涙を拭った。
徹夜で足りない書類を補い、夜が明けると、始発の電車で大使館へ向かった。
* * *
実家が没落して奥山家に居候するようになってから、奥山蒼真(おくやま そうま)は一度も私・栗原凪(くりはら なぎ)をまともに見ようとはしなかった。
だが、留学申請の前日、蒼真は珍しく私の代わりに必要な書類をまとめてくれた。
別れを惜しんで目を赤くした私は、準備を終えると、お礼を言おうと蒼真の書斎のドアを開けた。
すると、中にいた蒼真は足を組みながら、電話の向こう側の相手に笑いかけていた。
「安心しろ。あいつの大事な書類を2つ、わざと入れなかったから。
確実に落ちるはず。そうすれば、お前の枠が空くからな」
入り口で立ち尽くす私と蒼真の視線が合う。
蒼真は面倒くさそうに電話を切った。
「盗み聞きか?
お前の英語じゃ、行っても恥をかくだけだろ?
だから、梨花に枠を譲れ。あいつが行った方がいいんだから」
大雨の中で私の手を取って「怖がらなくていい。俺が一生養ってやるから」とまで、言ってくれた人なのに、今では私の未来の邪魔をしてくる。
その日、私は涙を拭った。
徹夜で足りない書類を補い、夜が明けると、始発の電車で大使館へ向かった。
……
「朝早くからどこへ行ってたの?」
帰ってきてドアを開けると、井上梨花(いのうえ りか)が私のベッドの上で胡坐をかき、私のアルバムをめくっていた。
シルクのパジャマを着て、髪を下ろした姿は、まるでここが自分の家だと言わんばかりだ。
視線を梨花の左手首に落とした瞬間、私は体が凍りついた。
上質なヒスイのブレスレットが、部屋の電気に照らされ、透き通るような緑色の光を放っている。
それは母のものだった。
「ねえ、手首にしてるそれ、どこから持ってきたの?」
「蒼真くんがくれたの」梨花が手首を見つめて、無邪気に笑う。「あなたが全然使ってないからって。引き出しに入れたままじゃ輝きも鈍るし、ヒスイは身に着けてこそのものだって、知らないの?」
「それ、母の形見なんだけど」
「知ってるよ?」梨花は灯りの下で腕を動かし、まるで口紅の色でも品定めするように言った。「でも、アクセサリーっていうのは、似合う人がつけた方がいいでしょ?」
こめかみが激しく脈打つ。
私は梨花に駆け寄り、彼女の手首を強く掴んだ。「返して」
「何するのよ!痛いっ――」
梨花が悲鳴を上げて、後ずさった。
すると、廊下の奥から足音が近づいてくる。
部屋の前に現れた蒼真は、室内を見回し、私が掴んでいる梨花の手首に視線を止めた。
「手を離せ」
その言葉に「誰」という主語は無かったが、それが誰への命令かは明確だ。
「梨花が私の母のブレスレットを持ってたから」
「俺がやったんだ」
蒼真は歩み寄ってくると、私の指を一本ずつ強引に剥がしていく。まるで、価値のない何かを取り外すように。
そして梨花の手首を握り、確認し始めた。
「痛むか?」
すると、梨花は首を横に振り、目を潤ませる。「私が悪いの……凪がそんなに大切にしてるなんて、知らなかったから」
「お前は悪くない」蒼真は梨花から手を放し、私を冷ややかに見据えた。「何をそんなに騒ぐことがある?ブレスレット一つで大げさな奴だな」
「母が残してくれた唯一の形見なの!」
「お前の母親はもう死んだんだ」
その一言を言った蒼真は、とても冷静だった。
「お前が持っていても無駄になるだけなんだ。欲しがってる梨花にやって何が悪い?」
梨花はここぞとばかりに鼻をすすり、か細い声を出す。「やっぱり……凪に返すよ。本当に――」
「返す必要はない」蒼真は梨花の肩を抱き寄せ、彼女の言葉を遮った。「梨花、お前は先に部屋へ戻って休んでろ」
梨花が私の横を通り過ぎる際、私にだけ聞こえる声で呟いた。
「母親の形見すら守れないのね」
ドアが閉まった。
蒼真は机に寄りかかると、スマホの画面を私へ向ける。
それは玄関の防犯カメラの静止画だった。
時間は6時7分。
「大使館に行ってたんだな」
「うん」
「梨花に譲れと言ったはずだよな?俺の話の意味が分からなかったのか?」
「あなたが言ったからって、その枠が誰かのものになるなんてことはないの。大使館だって、ちゃんと書類を審査するんだから」
「梨花のよりお前の資料の方がよくできているとでも?」蒼真が鼻で笑う。「梨花の経歴も推薦状も、どれもお前が敵うものか?だから、お前がその枠を取ることは、梨花の邪魔をしているのと同じなんだよ」
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