彼が私のビザ申請書類を抜き取った夜、私は別れる決意をした第3話
この話は約1771字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私が彼らに背を向けて荷造りを再開したとき、ポケットの中でスマホが震えた。
なんとなくSNSを開いて、梨花の名前を入力する。
画面には、フォロワー数83万のアカウントが表示された。
最新の投稿は1時間前。昨日の昼間、私が梨花の手首を掴んだ時の防犯カメラの映像が貼られていた。梨花の顔にはボカシが入っているのに、私の顔はそのまま晒されている。
【また凪に叩かれた。でも、怖くて蒼真くんには言えない】
コメント欄は罵詈雑言の嵐。
【警察に行ったほうがいいよ!】
【この凪ってやつ、何なの?】
【身元も住所も晒しちゃって!】
そのまま下へスクロールしていく。3か月前、半年……そして、1年前。
そのどれもが、完璧に被害者を演じきっていた。
そして、最初から最後までボカシ一つ入れられていない悪役は私。
一番「いいね」がついているコメントにはこうあった。
【こんな人間は、その家からすぐに追い出されるべき】
いいねの数は6300件。
……
「もしもし、栗原さんでしょうか?」
3日目の朝、リビングで洗濯物を畳んでいると電話が鳴った。
電話の主は、留学プログラムの審査担当。
「スクリーンショットや動画が添付されており、栗原さんによるいじめが、匿名で通報されています。事実確認をさせていただきたくご連絡いたしました」
「通報ですか?」
「監視カメラの映像で、ある女性の手首を強く掴んでいる様子が確認されました。また、SNSに投稿された、栗原さんからの暴言や脅迫を受けたと主張する書き込みも多数送られてきています。事実であればプログラムの参加資格を再審査せざるを得ません」
危うく、スマホを手から落としそうになる。
電話を切って梨花を探すと、庭で花に水をやっていた。
「私を通報したの?」
「何のこと?」梨花は水やり用のじょうろを持ったまま、まぶしい笑顔で答えた。「通報って何?」
「あなたのアカウント。83万人のフォロワーがいるアカウントで、私に嫌がらせをされているって書いているでしょ。その画像が送られたせいで、留学プログラムの審査に引っかかったの」
「それはフォロワーが勝手にやったことじゃないの?」梨花は瞬きをひとつする。「私にはどうすることもできないから。まさか、私がやらせたって思ってる?凪、考えすぎ」
「じゃあ、あの動画を消して」
「動画って?」
「防犯カメラの映像の前後を切り取った、あの動画」
じょうろを置いた梨花が、ハンカチで指先を拭う。
「凪、あれは私の正直な気持ちを発信しただけ。それに、あなたが手首を掴んだのは事実でしょ?私が傷ついた経験をみんなと共有して、何が悪いの?」
「それを『共有』だって?私の顔を隠さずに載せて?あなたのフォロワーにカミソリを送りつけられたことだってあるんだけど?!」
「大げさだよ……蒼真くん!」
梨花の声が突然、大きくなった。
部屋から出てきた蒼真が、鋭い視線を私たちに向ける。
「ネット上で私が凪を苦しめているって言うの」梨花は蒼真の陰に隠れる。「私、ただ自分の日常を投稿しているだけなのに……まさかあんな通報をする人が出てくるなんて……」
「ある人が梨花の編集した動画を、留学プログラムの審査担当に送ったの」私はスマホを差し出す。「そのせいで、留学資格を再審査すると言われた」
蒼真は画面を一瞥しただけで、スマホを私の方へ押し返した。
「再審査してもらえばいい。やましいことがないなら、何も心配することはないんだから。違うか?」
「動画は最初と最後が切り取られていて――」
「凪」蒼真が私の言葉を遮った。それは、苛立ちを通り越したような、冷淡な口調だった。「お前は梨花と揉めるたびに、全部梨花が悪いと言い張るけど、自分に問題があると考えたことはないのか?」
「防犯カメラの映像を全て確認してくれたら――」
「忙しい」
たった一言。
梨花が蒼真の肩越しに、口角を上げ冷ややかに笑う。
またスマホが震えた。匿名からのメール。【その家から消えろ。梨花ちゃんを傷つけるな】
その下には私の証明写真が添付されていた。
部屋へ上がると、廊下に段ボールがいくつも放置されていた。
私の荷物だった。
私の持ち物がゲストルームのドアの外に置かれている。クローゼットにあった、両親の思い出の品を入れた箱まで一緒に……
しかもその箱は開けられ、中に入っていた写真は廊下に散らばっていた。
部屋から梨花がひょっこりと顔を出す。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
T71952- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。