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嵐の夜、身代わりの姉は死んだ第2話

この話は約2106字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

声は、列の最後尾にある車から聞こえてきた。

私は必死に目を細めたが、雨が視界を遮ってよく見えない。

車のドアの陰から、背中の曲がった人影が身を乗り出し、私に向かって手を振っていた。

隣に住む、佐藤のおじいさんだった。

彼には子供がおらず、奥さんにも早くに先立たれ、町の入り口の家で一生を過ごしてきた。

物心ついた頃から、佐藤おじいさんは私を本当の孫のように可愛がってくれた。

私が母に食事を抜かれる罰を受けた時は、母の目を盗んで裏口から温かい料理を差し入れてくれた。

お正月には私と結衣にそれぞれお年玉をくれるのだが、毎回こっそりと、私の袋にだけ2000円多く入れてくれた。

彼は座席から身を乗り出し、わずかなスペースを作って私に叫んだ。

「静音ちゃん、早く乗りな!詰めれば座れるから!」

私はその車に向かって全力で走った。

おじいさんはすでに私を引き上げようと手を伸ばしている。

私の指先が、おじいさんの手に触れようとした、まさにその時だった。

「その佐藤の爺さんは人さらいよ!」

突然、前の車から母の叫び声が響き渡った。

母はいつの間にか窓を開け、半身を乗り出して佐藤おじいさんを指差し、金切り声を上げていた。

「その男はうちの娘を拉致しようとしてるのよ!娘をその車に乗せちゃ駄目!」

私の手は宙に浮いたまま凍りついた。

佐藤おじいさんも、一瞬呆然としていた。

彼は72年間生き、この町に72年間住み続けている。

今まで誰一人として、彼をそんな風に呼んだ者はいなかった。

「は、春子、何を言ってるんだ?」

佐藤のおじいさんの声は震えていた。

「私だ!佐藤茂(さとう しげる)だよ!あんたの家の隣にもう何年住んでると思ってる?あんたの父親が生きてた頃は、私のことを兄貴分だって慕ってくれてたじゃないか!」

「誰だろうと関係ないわ!身寄りのない爺さんが、他人の家の女の子にばかり構って。どんな下心があるか分かったもんじゃないわ!」

車に乗っていた町民たちが一斉にざわめき、怒りの声を上げた。

「春子さん、頭おかしくなったのか?佐藤さんはあんたが子供の頃から知ってるんだぞ!」

「そうだ!よくそんな酷いことが言えるな!」

1人のおばさんが立ち上がって罵倒した。

「こんな猛烈な台風じゃ、あんたの家の瓦屋根なんて、一瞬で吹き飛ぶわよ!本気で娘を殺す気なの!」

おじいさんは怒りで唇を白くし、激しく震える手で母を指差した。

「わ、私が静音ちゃんに良くするのは、この子が可哀想だからだ!あんたがこの子にどんな仕打ちをしてるか、町の人間なら誰だって知ってるぞ!」

「私の娘よ!私がどう教育しようと、あなたには関係ないでしょ!」

母は瞬き一つせずに言い返した。

「私の娘はね、自分の家にいるのが一番安全なのよ!」

私は豪雨の中に立ち尽くし、母が乗る車を見た。

助手席に座る父の手が、ドアハンドルにかかっているのが見えた。

次の瞬間、母がゆっくりと首を回し、父を睨みつけた。

「もしそのドアを開けたら、明日には娘2人を連れて実家に帰るわよ!

一生、この子たちには会わせないから!」

父は、指を一本、また一本とドアハンドルから離していった。

彼は別の方向へ顔を向け、二度と私を見ることはなかった。

私はそこに立ち尽くしていた。

頭から雨水が降り注ぎ、目の中に流れ込んでくる。それが雨なのか、別のものなのか、もう分からなかった。

救助隊の隊長が先頭の車から飛び降り、空模様を見て青ざめた顔で叫んだ。

「最終警告です!台風の暴風域が1時間後に通過します!今すぐ出発しないと、全員が取り残されます!」

佐藤おじいさんは、2人の町民に抱えられて無理やり車内へ戻された。

彼はドア枠に必死にしがみつき、私に向かって絶叫した。

「静音ちゃん、逃げなさい!町外れの公民館へ走るんだ!あそこは鉄筋コンクリートだから持ちこたえられる!

聞こえるか!公民館へ走れ……!」

車のドアが、強く閉められた。

エンジンが次々と唸りを上げる。

私はその場に立ち尽くし、車が1つずつ走り出すのを見送った。

最後の車の灯りも、やがて見えなくなった。

霞丘町は、完全な闇に包まれた。

私は踵を返し、町外れに向かって走り出した。

佐藤おじいさんが言っていた公民館は町の一番奥にあり、古い商店街を丸々1本通り抜けなければならない。

風が強すぎて、まともに走ることすらできなかった。1歩進むごとに、壁にしがみつかなければ吹き飛ばされてしまう。

頭上の瓦が次々と吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて粉々になる。

商店街の真ん中にある大きなクスノキが強風で根こそぎ倒され、道路のど真ん中に激突して、道を完全に塞いでしまった。

私は家に戻るしかなかった。

瓦屋根はすでに半分が吹き飛んでいた。

雨水が室内に降り注ぎ、居間の床は水浸しになっている。

私は土間にある古いかまどの陰に丸く縮こまった。

ここは三方がレンガの壁で囲まれ、上にはコンクリートの板があるため、かろうじて頭上を守ることができる。

ドアの隙間や壁のひび割れから、泥水が絶え間なく流れ込んでくる。

最初は足首、次にふくらはぎまで達した。

私は膝を抱えて丸くなり、歯の根が合わないほど全身を震わせていた。

その時、ポケットの中のスマートフォンが鳴った。

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