嵐の夜、身代わりの姉は死んだ第1話
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私たちの町には、古い掟がある。
双子が生まれたら、片方を罰を受ける「見せしめ」とし、もう片方にそれを見せて戒めなければ、子供は無事に育たないというのだ。
私、柚木静音(ゆずき しずね)は妹の柚木結衣(ゆずき ゆい)より4分早く生まれたというだけで、その「見せしめ」に選ばれた。
妹がこっそり川へ泳ぎに行った時、母は妹をただの一言も叱らず、私の頭を何度も川の水に沈めた。
妹が恐怖のあまり「もう二度と川には行かない」と泣き叫んで、ようやく母は手を離した。
妹が炊飯器のスイッチを押し忘れ、母が仕事から帰ってきた時、中の米はまだ生のままだった。
母は生米がよそわれた茶碗を2つ、私の前にドンと置いた。
「全部食べなさい。一粒も残すんじゃないわよ」
生の米を噛み砕くうちに口の中は血だらけになった。母はその間ずっと妹の表情を見つめ、妹が泣き出すのを見てようやく満足げに茶碗を下げた。
私は16年間、ずっと「見せしめ」として生きてきた。
あの年、台風の特別警報が発令され、町民全員が夜通しで避難することになった。
しかし妹は、深夜まで同級生と遊び呆け、全身ずぶ濡れでヘラヘラと笑いながら帰ってきたのだ。
母は妹を避難用の車に押し込むと、私を振り返り、ひどく淡々とした声で言った。
「あなたは残りなさい。台風が過ぎれば、結衣もこれからは早く帰ってくるようになるでしょう」
町の人間は、全員いなくなった。
屋根の瓦が、1枚、また1枚と吹き飛ばされていく。
お母さん。見せしめ、見せしめって言うけれど。
今回ばかりは、見せしめにされた私は本当に死んでしまうよ。
これで、満足してくれただろうか。
* * *
「結衣のやつ、またどこへほっつき歩いてるの!今夜は超大型台風が来るっていうのに!」
母である柚木春子(ゆずき はるこ)は、居間をぐるぐると歩き回っていた。
窓の外は異常なほど暗く、暴風が庭のブリキのタライを転がし、ガンガンと壁にぶつかる音を立てている。
町の防災無線は、すでに3回も同じアナウンスを繰り返していた。
「特別警報発令。全町民は直ちに避難してください。20分後に救助車両が町の入り口に到着します」
母が猛烈な勢いで私を睨みつけた。その目には怒りの炎が燃え盛っている。
「あんた!今すぐ結衣を探してきなさい!」
私は窓の外に目をやった。
雨は降っているというより、バケツをひっくり返したように叩きつけている。
庭の木々は風で地面に張り付くほどしなり、塀のそばの鶏小屋は吹き飛ばされ、数羽の鶏がバタバタと軒下へ逃げ込んでいた。
「お母さん、結衣は友達の家に遊びに行くって……それに、今は外……」
「誰の家だろうと知ったことじゃないわ!今すぐ連れ戻してきなさい!見つかるまで帰ってくるんじゃないわよ!」
母は私の言葉を乱暴に遮った。
私は無意識に、部屋の隅に座っている父、柚木健一(ゆずき けんいち)を見た。
父の唇がわずかに動く。
「外はさすがに風が強すぎる。もう少し待ってみては……」
「あなたは黙ってて!」
母は振り向きもせずに怒鳴りつけた。
「結衣に何かあったら、責任取れるの!」
父はそれきり、口を閉ざした。
私は底が剥がれかけたサンダルを履き、玄関のドアを開けた。その瞬間、突風に煽られて吹き飛ばされそうになった。
壁伝いに、よろめきながら前へ進む。道路の冠水はすでに足首の高さを超えていた。
町の西側にある、結衣の友達の家へ向かおうとした時のことだ。
「わあ、風が強くて涼しい!」
背後から、ヘラヘラとした笑い声が聞こえてきた。
振り返ると、路地の入り口から結衣が走ってくるのが見えた。濡れた髪が顔に張り付いているが、その表情は興奮に満ちている。
母はいつの間にか、玄関の前に飛び出していた。
母は結衣を強く抱きしめ、全身をくまなく触って確かめながら、心底心配したような、安堵したような声を出した。
「やっと帰ってきた!濡れなかった?寒くない?早く家に入って着替えなさい、風邪を引くわよ」
私は豪雨の中に立ち尽くし、全身ずぶ濡れで、寒さと風のせいでガタガタと震えていた。
母は、私には一瞥もくれなかった。
ちょうどその時、救助車両が到着した。
ヘッドライトが雨の中に2筋の光の柱を作り、拡声器が何度も急かしている。
「町民の皆様は直ちに車に乗ってください!緊急避難です!」
母は毛布で結衣を包み込み、車の後部座席に押し込んだ。
私もその後ろに続き、車のステップに足を掛けようとした、その瞬間だった。
「何してるの?」
母が私の腕を強く掴んで引き留めた。
「うちの掟は分かってるわね。結衣が遊び呆けて、こんな夜中まで帰ってこなかった。
あなたはここに残って、恐怖というものを結衣に教えなさい」
私は呆然とした。
車の中の妹が焦ったように窓に張り付き、叫んだ。
「お母さん、やめて!お姉ちゃんが残ったら死んじゃうよ!外はこんな台風なのに……」
「今になって怖くなったの?遊びに行った時は随分楽しかったじゃない!」
母は鋭い声で結衣を遮った。
「お姉ちゃんはね、あなたのせいで罰を受けるのよ!」
結衣は怒鳴られて身を縮め、大粒の涙をポロポロとこぼした。
近くにいた町民が見かねて声を上げた。
「春子さん、今回の台風は死人が出るレベルだ!あんたの家の瓦屋根じゃ、絶対に持ちこたえられない!」
しかし、母は全く動じなかった。
彼女は一度家に戻り、再び出てきた時には、飼い犬の太郎(たろう)を抱えていた。
母は太郎を最後の空席に押し込み、堂々と言い放った。
「太郎は犬だから隠れる場所も分からないでしょう。連れて行かないと」
そして顔を上げ、私をちらりと見た。
「静音、あんたは人間なんだから、自分で隠れる場所くらい見つけられるでしょう!」
助手席に座っていた父が口を開きかけた。
しかし母が鋭く睨みつけると、父は窓の外へ顔を向けてしまった。
車のドアが閉まった。
雨水でぼやけた窓ガラス越しに、結衣が必死にガラスを叩き、何かを叫んでいるのが見えた。
だが風の音が強すぎて、何も聞こえない。
母は結衣の頭を押さえつけ、私を見ないようにさせた。
エンジンがかかり、テールランプが豪雨の中に2筋の赤い線を引いて、どんどん遠く、小さくなっていく。
やがて、何も見えなくなった。
霞丘町(かすみがおかちょう)の街灯が、1つ、また1つと消えていく。
私だけが、暴風雨の中に取り残された。
その時、暗闇の中から誰かの声が響いた。
「ここ、席が空いてるぞ!」
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