嵐の夜、身代わりの姉は死んだ第3話
この話は約1813字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
結衣からの着信だった。
「お姉ちゃん!無事なの!今どこ!」
結衣の声は涙声だった。
「大丈夫よ」
私は歯を食いしばり、声が震えないようにして答えた。
「そっちは着いたの?」
「着いたよ!市内の避難所になっているホテル。お湯も出るし毛布もあるし、職員の人が温かい豚汁も作ってくれて……」
彼女は話しながら再び泣き出した。
「お姉ちゃん、私怖いよ。お姉ちゃんが1人で家に残されて、どうなっちゃうの……」
頭上で轟音が響いた。
瓦屋根の残っていた半分が、丸ごと吹き飛ばされたのだ。
暴風雨が一瞬にして室内に吹き込み、頭から顔まで容赦なく打ちつけた。
私は悲鳴を上げ、危うくスマートフォンを落としかけた。
「お姉ちゃん!どうしたの!今の音は何!」
「な……なんでもない、瓦が何枚か飛んだだけ……」
電波が途切れ途切れになり始めた。
結衣の声が細切れになって聞こえる。
「お姉……聞こえ……る……」
電波が再び戻ったが、アンテナは1本しか立っていない。
電話の向こうで、結衣が泣き叫ぶ声が聞こえた。
「お母さん!家の屋根が崩れたみたい!早くなんとかしてよ!」
そして、母の声が聞こえた。
「まだ電話ができるんだから、ピンピンしてる証拠でしょ。大げさに騒ぎすぎなのよ」
水かさは、すでに私の膝を越えていた。
「お母さん!大げさなんかじゃないよ!今の音聞こえなかったの!お姉ちゃんが……」
「家の中にいて何があるっていうのよ。一昨年にあのかまどは補強したばかりだから、頑丈にできてるわ!静音がこれくらいの雨風も耐えられないようなら、将来社会に出てやっていけないわよ!」
電話の向こうで、父がこもった声でボソッと言った。
「やっぱり誰かに様子を見に行ってもらった方が……」
「あなたは何も分かってない!」
母の一言で、父はまた黙らされた。
そして母は、電話口の結衣に向かって言った。
「もういいわ、お姉ちゃんに電話を切りなさいって言いな。通話料の無駄よ」
私は水の中にしゃがみ込んだまま、何も言えなかった。
水はすでに太ももまで達している。
アンテナの1本が、点滅している。
結衣はまだ泣きながら、途切れ途切れに私に呼びかけていた。
「お姉ちゃん……なんとかして、高いところへ登って……」
その言葉の直後、電話の向こうから突然、見知らぬ男の切羽詰まった声が聞こえた。
「お嬢ちゃん、誰と電話してるんだ?」
結衣はしゃくりあげながら答えた。
「お姉ちゃん……家にいて、逃げ遅れたの……」
「なんだって!?」
その声は一瞬にして大きくなった。
「あの町にまだ逃げ遅れた人がいるのか!?親御さんはどこだ!あっちはすでに土砂災害警戒情報が出てるんだぞ!死んでしまう!」
電話の向こうが急に騒がしくなった。
何人もの人が同時に話しているのが聞こえる。誰かが「すぐに救助隊に連絡しろ!」と叫び、別の誰かが「一体あと何人残ってるんだ!」と怒号を飛ばしている。
その職員の声が、すべての音をかき消した。
「親御さんはいますか!ちょっと来てください!どうして子供1人をあんな場所に残してきたんですか!」
そして、母の声が聞こえてきた。
「死にはしませんよ。あの子はしぶといですから」
次の瞬間、電話は切れた。
それと同時に、電波も完全に圏外になった。
スマートフォンの画面の光も消えた。
「死にはしませんよ。あの子は悪運が強いんですから」
その言葉が、私の頭の中を何度も何度もぐるぐると回った。
水は腰に達し、胸の高さまで上がってきた。
かまどの下の空間は、どんどん狭くなっていく。
私はレンガの柱に抱きつき、爪を隙間に食い込ませた。
寒い。
水も氷のように冷たく、風も氷のように冷たい。頭からつま先まで、すべてが凍りつきそうだった。
思い出した。小さい頃、結衣が遊びに夢中になって上着を着忘れ、風邪を引いたことがあった。
母はその日の夜、私にパジャマ姿のまま真冬の庭に立つよう命じた。私が40度の熱を出し、結衣が恐怖で大泣きするまで、母は私を家に入れようとしなかった。
今回の寒さは、あの冬の夜の寒さよりも、100倍も冷たい。
水が首まで浸かってきた。
もう柱にしがみつくこともできない。指先の力は完全に抜け落ちていた。
もういい。これ以上もがくのはやめよう。
お母さんは私の悪運が強いって言っていたけれど……お母さん、私、そんなに強くないよ。
耳にはもう何も聞こえない。意識が、少しずつ上へと浮かんでいく。
意識が完全に途切れる直前のこと。誰かが大声で叫ぶのが聞こえた。
「ここに人がいるぞ!」
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