寵を失いし宮女、後宮を去る第2話
この話は約2126字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
二時間がようやく過ぎ、後ろに付き添っていた女官が歩み寄って私を助け起こしてくれた。
血にまみれ、皮膚が裂け、肉がむき出しになった膝を見下ろしても、なぜか痛みは感じない。
痛みも極限に達すると、感覚が麻痺してしまうようだ。かつて手首ほどの太さの棍棒で、力任せに脚を打ち据えられたときも、同じように何も感じなかった。
あのときも、気遣ってくれる行舟を安心させようと、私は無理をして彼の前で舞を披露しようとしたのだ。
「殿下、私は平気でございます。本当に、少しも痛くなど……」
行舟はたまらず私を抱き寄せると、血の涙を流さんばかりに目を赤くして誓った。
「明月、誓う。私が帝位に就くその日には、誰にもお前を傷つけさせはしない」
背後から響く、慈しむような行舟の声が回想を断ち切った。
「若吟、お前は天灯が好きだと聞いた。この世で一番美しい天灯を、朕が見せてやろう」
私は振り返らなかった。冷たい壁に手をつき、一歩ずつ、ゆっくりと前へ進む。
夜の帳が下りる中、幾千幾万もの天灯が灯り、静かに夜空へと昇っていく。息を呑むほどの美しさだった。
回廊にはひっきりなしに女官や宦官が行き交い、頭上を埋め尽くす灯りを見上げては、抑えきれない羨望の声を上げていた。
「陛下は柳様を、本当にご寵愛なさっているわね。この分では皇后の座もそう遠くはないでしょうね」
「ええ、もちろんよ。柳様が望みさえすれば、陛下は明日にでも皇后の冊立を進めるはずよ」
「では、寒霜殿の明月様は?実はね、内緒で教えてあげるわ。私が夜番をしていたとき、陛下が明月様の部屋にお忍びで通われるのを見たの。あの晩、喘ぎ声が一晩中途切れることはなかったわ。それに、自分のそばを決して離れるなと、陛下が仰るのまで聞いたのよ」
「まさか、あり得ないわ。陛下ともあろうお方が、一介の女官のもとへお忍びで通われて、あのようなお言葉をかけるなんて。私が思うに、あの明月は幼い頃から陛下にお仕えしていただけの、所詮はただの夜伽の相手に過ぎないわ」
「そうそう。でなければ、どうして陛下は明月を妃にお迎えにならないの?」
「あの出自では、女官の長になれただけでも十分すぎるくらいよ。まさか妃になろうだなんて、そんな身の程知らずな望みを抱いているとでも」
声はだんだん遠のいていき、やがて何を話しているのかも聞き取れなくなった。
私はその場に立ち尽くしたまま、苦笑するしかなかった。
最近、ずっと考えている。行舟と自分は、いったいどんな関係なのだろうかと。けれど、どう考えても答えは出なかった。
なるほど、女官たちの言う通りなのだろう。私はただの、夜伽の相手に過ぎない。
ただの夜伽の相手なら、それでもいい。けれど、それならばどうして行舟は、あんな言葉を私にかけたのだろう。
どうして、決して離れるなと言ったのだろう。どうして幾度となく脆い一面を見せ、そのたびに私を抱きしめて、お前しかいないのだと囁いたのだろう。
なぜなの、行舟。私にはわからない。
行舟の身分が尊いことは知っている。私が取るに足らない卑しい身であることも承知している。けれど、これほど長い年月、ずっと行舟のそばにいてきたというのに、私の身を弄んだ上に、心まで奪っていくなんて、許せるはずがない。
自室に戻ってから、私は簡単に薬を塗って床に就いた。
夜半、窓の方から物音がした。目を開けたときには、行舟がすでに私の傍らに横たわっていた。
行舟は横から身を寄せて私を抱き寄せ、掠れた声で囁いた。
「明月。朕はどうやら、毎晩お前を抱いて眠るのが習慣になってしまったらしい。夜、お前を抱いていないと、どうにも眠れないんだ。
ここ数年、あの血なまぐさい光景ばかりを思い出す。お前がそばにいてくれてこそ、朕はようやく安らげる」
昼間の出来事を思い出しながらも、私は平静を装い、そっと行舟を押し返した。
「陛下、これでは宮中のしきたりに反します。柳様のおそばにいらっしゃるべきです」
行舟は手を離そうとせず、声の調子を少しだけ和らげた。
「怒っているのか?今日、朕がお前を庇わなかったからか?
若吟は昔から甘やかされて育った子だ。朕はどうしても、若吟を厳しく叱れない。
これからは、お前が折れてやってくれ。一番良い薬を持ってこさせたから、これを塗れば傷もじきに治る」
なるほど。若吟は甘やかされて育ったから、寵愛を独り占めして当然で、私は生まれつき卑しい身だから、どれほど傷つけられても構わないというわけか。
私は苦笑いを浮かべながら、行舟を押しのける力を強めた。けれど行舟は、さらに強く私を抱きしめてくる。
「駄々をこねるな。
明月、今日の朕は本当に嬉しかった。
若吟は朕のために菓子まで作ってくれた上、自分から朕の胸に寄りかかってきたんだ。
この瞬間をどれほど待ち侘びたか、お前にわかるか。
いずれ時が経てば、若吟も朕の皇后になることを受け入れてくれると思わないか」
私は目を閉じ、そっとため息をついた。
しばらくして、私は答えた。
「……きっと、そうなりましょう。近いうちに、陛下の願いは叶いますわ」
行舟は想い人を手に入れ、私はここを去る。
これまで長年、私は行舟のために数え切れないほどの障害を取り除いてきた。そして最後に取り除く障害は、この私自身だ。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)