娘誕生日、母の私が入替え国家組織へ第2話
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私は、彼に視線を向けることすらしなかった。
安彦にとっては彼や七菜が口にする「小山ママ」という呼び方も、何気ない一言も、すべて冗談のつもりなのだろう。
けれど、私という実の母親を目の前にして、堂々と他人を「ママ」と呼ぶ。それを冗談と呼べるはずがない。あれはどう考えても私への挑発だった。
手にしていたスマートフォンを、私は強く握り締めた。
「冗談って、お互いが笑えてこそ冗談でしょ。あなたたちは私がやってきたことを当たり前だと思って、それを盾に好き勝手してるだけ。
あなたも七菜も、私の気持ちに甘えて、平気で踏みにじってる。小山先生が小山ママなら……私は、何なの」
この夜になって、私はようやく腑に落ちた。
安彦の気持ちは愛海へと移り、それに倣うように、娘も同じ方向を向いている。
私が耐え、譲り続けたところで、彼らの真心が戻ることはなかった。残ったのは歯止めの利かない無遠慮さだけだった。
私は唇を噛みしめた。
情けないことに、涙があふれ、視界が滲んでいく。
他人ならともかく、安彦が知らないはずはない。
七菜は、私が命を削る思いで産んだ子どもだった。
当時、体の事情から医師には告げられていた。この子を産み続ければ、命に関わる危険があるかもしれないと。
それでも何か月ものあいだお腹の中で共に過ごし、その子が動くたびに、その一瞬一瞬を私は確かに感じていた。
この子は私と安彦の子どもだった。私たちの愛が形になった存在だった。
それを、どうして手放せただろうか。
運よく命を取り留め、私は七菜を無事に産んだ。それからは細心の注意を払いながら、ここまで育ててきた。その愛らしい姿は会う人の心を自然と和ませた。
それなのに、成長した七菜が最初にしたことは父親と肩を並べて私を傷つけることだった。
だからこそ、こんな父と娘のために、私はもう何かを差し出すつもりはない。
おそらく、私がこれほど感情を露わにする姿を見るのは初めてだったのだろう。
安彦は明らかに戸惑った表情を浮かべた。
「七菜ちゃんが冗談で言った一言だろう。あのケーキのことで、そこまで怒るのか。
玲奈、いい大人が娘と本気で張り合うのか。今日はそのケーキを食べなかったら、死ぬとでも言うつもりか」
彼は私が怒っている理由を理解しようともしなかった。説明する気力も、もう残っていなかった。
「もういい。あなたの屁理屈はこれ以上聞きたくない。これから、あなたと七菜が小山先生とどう関わろうと、私はもう関係ない」
私はすでに、先生の極秘研究計画への参加を受け入れていた。
少し時間が経てば、ここを離れることができる。
私を顧みない父と娘のもとから。
そのとき、ドアが開き、言い争う声を聞きつけた七菜が我慢できずに入ってきた。
彼女は頬を膨らませ、怒りを隠そうともせず私を睨んだ。
「ママ、なんでパパと喧嘩するの。ただのケーキでしょ。
パパは毎日あんなに大変なのに、ママは文句ばっかり。小山先生のほうが優しくて気が利くんだもん。だからパパもママのこと好きじゃないんだよ。
パパがいなかったら、こんな家に住めないでしょ」
その言葉を聞いた瞬間、私は信じられない思いで顔を上げた。
「七菜……あなたは私のことをそんなふうに思っていたの?」
大学を卒業して研究所に勤め、七菜を産んでから、私の生活は少しずつ家庭中心になっていった。
そのため、極秘研究への参加を持ちかけられたときも、私は迷わず七菜を選んだ。
娘には母親がそばにいる必要がある。そう信じて疑わなかった。
それでも、まさか。
私のしてきたすべてが、娘には安彦に寄りかかって生きているだけに見えていたなんて、思いもしなかった。
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