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夫も息子も、喜んで差し上げます第2話

この話は約1632字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

婚姻届を出した日。会社での体裁を気にして、夏彦はしばらくの間、結婚の事実を伏せておこうと言った。

「お前はまだ入社したばかりで、社内でこれといった実績を上げていないだろう。

今の時期に俺の妻だと公表したら、この先、昇進したり給料が上がったりするたびに、あらぬ噂を立てられかねないからな」

その言葉は、確かに筋が通っていた。

だから、上司から嫌がらせを受けても、勤続年数が長いだけのお局社員から仲間外れにされても、コネ入社の社員に担当案件の手柄を横取りされても――私は歯を食いしばって耐え続けた。

どうしても腹の虫が治まらない時は、私たちの関係が公になる日を密かに思い描いた。

相手の立場によって態度を変えるあの人たちは、私が社長の妻だと知ったら、どんな顔をするだろう。

そう考えるだけで、少し気が晴れた。

それでも、どうしてもやりきれないことはあった。

鏡也を出産して職場復帰した後、上司は面談と称して私を呼び出し、授乳で張った胸をいやらしい目でじろじろ見るようになった。

すれ違いざまに、さりげなく体を押しつけてくることも、何度かあった。

我慢の限界に達した私は、家に帰って夏彦にそのことを訴えた。

しかし、彼は冷たい目を私に向け、突き放すように言った。

「考えすぎだ。お前は昔から自意識過剰なんだよ。

そういう被害妄想で、仕事に支障をきたさないでもらえるか。

会社では実力が全てだ。セクハラだと騒いで、特別扱いしてもらおうなんて考えるな」

私はその場に立ち尽くし、信じられない思いで彼を見つめた。

目の奥が熱くなり、悔しさに涙がこぼれそうだった。

その時ようやく気がついた。社長であり私の夫でもあるこの人は、私を信じてくれないし、私の味方にもなってくれないのだと。

それなら、自分の力でどうにかするしかない。

あの上司だって、役職は私のすぐ上というだけだ。絶対に昇進して見返してやる。その一心で、私は必死に仕事に打ち込んだ。

そしてついに、次期プロダクトマネージャーを決める社内選考で、私は審査担当者の八割から支持を得た。他の候補を大きく引き離し、確実にその座を勝ち取ったと信じていた。

しかし、結果発表の会議当日。

喜ぶ暇などなかった。

夏彦が、一人の女性を連れて会議室に入ってきたからだ。

彼女は全身をハイブランドで固め、何不自由なく育ったお嬢様のような雰囲気を漂わせていた。その表情には、無邪気とも言える傲慢さが透けて見えた。

夏彦は彼女を見つめ、珍しく口元に笑みを浮かべていた。

「紹介する。新しくプロダクトマネージャーに就任する、笠原紫苑さんだ」

会議室は静まり返った。

その場にいた全員が、驚いたように私を見た。

一方で私は、ただ呆然と夏彦を見つめていた。

彼女が新しいプロダクトマネージャーなら、私の努力は何だったの?

この選考のために、3ヶ月間休みなく交渉に奔走し、顧客を開拓してきた。

手がけた企画書は、どれも推敲を重ねて仕上げた。

鏡也を寝かしつけている時でさえ、頭の中は仕事のことでいっぱいだったのに。

夫である夏彦は、そんな私を間近で見ていた。

私がどれほど必死だったか、誰よりも知っているはずなのに。

私はもう堪え切れず、声を詰まらせながら口を開いた。

「あなた……実力で勝負しろって言ったじゃ――」

「誰に向かって言っている」

夏彦は険しい顔つきで私の言葉を遮った。

私を見るその目には、わずかな温かみもなかった。まるで赤の他人を見るような目だった。

「昇進できなかったのなら、自分の実力不足を反省しろ。社長である私に、馴れ馴れしい口を利くんじゃない。

余計なことを考えている暇があるなら、自分の仕事に集中するんだな」

その言葉に、会議室のあちこちから、くすくすと笑う声が漏れた。

普段から私を快く思っていない同僚たちが、こちらを見ながら口元を隠し、何かを囁き合っていた。

その顔には、隠そうともしない嘲りが浮かんでいた。

私はその場から動けず、顔から血の気が引いていくのを感じた。

恥ずかしくて、惨めで、消えてしまいたかった。

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