夫が妹との隠し子を告白した夜第2話
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遥は何度も首を振った。
「これはただ蚊に刺されただけなの。お姉ちゃん、変なふうに考えないで!」
彼女はふいに振り向き、奏多を憎々しげににらみつけた。
「どうして言ったのよ。私たち、約束したじゃない!」
「もういい!」
私は遥の手を振り払った。
「そこまで図々しいなら、今さら私の前で可哀想なふりなんかしないで」
乾いた音が響いた。
私は彼女の頬を平手で打った。
奏多は勢いよく私を突き飛ばし、私に叩かれてよろめいた妹を支えた。
「春名、お前、どうかしてるんじゃないのか?
この数年、俺たちがお前に悪いことをしてきたのは認める。だからって、妹にそこまでする必要があるのかよ。
三年だぞ。遥はもう十分すぎるほど、お前に合わせてきただろ!
一緒に出かけるたびに、遥は全部お前に合わせてきた。お前が食べたいものを食べて、お前が行きたい場所に最後まで付き合って、心臓が苦しくてもジェットコースターにまで乗ったんだぞ!
子どもが生まれてからだって、遥は子どもよりお前と過ごす時間のほうが長かった。真実に気づかれるのが怖くて、お前に捨てられるのが怖くて、今でもあの子は、世話をしているベビーシッターのことを母親だと思ってるんだ!
遥はそれくらいお前を大事にしてる。それなのにお前は、少しも遥を受け入れようとしない。ひどすぎるだろ!」
責め立てる声が、一つひとつ重く頭の中に叩き込まれた。
彼らの好みを気にして選んだ料理も、彼らの願いをかなえようと計画した旅行も。
結局、全部私のせいだったというのか。
遥は少し落ち着くと、奏多を強く押しのけた。
「お姉ちゃんを悪く言わないで……」
彼女の声は震えていた。
「お姉ちゃんは私たちに何も悪いことなんてしてない。悪いのは私たちなの……」
言い終える前に、彼女は目を閉じ、そのまま力なく崩れ落ちた。
「遥!」
奏多はとっさに彼女を抱き留めると、そのまま横抱きにし、振り返りもせず外へ駆け出した。
個室の中は騒然となった。電話をかける人、荷物をまとめる人、救急車を呼べと叫ぶ人。
私はその場に立ち尽くしていた。
みんなの声が耳の奥でぶんぶんと響くだけで、何も聞こえなかった。
ほどなくして、みんないなくなった。
残ったのは私ひとりだけだった。
私はソファに腰を下ろし、バッグの中から一枚の検査結果を取り出した。
そこには、妊娠一か月と記されていた。
それを受け取ったとき、病院の廊下で馬鹿みたいに泣いたことを思い出す。
三年前、奏多がよその家の子どもを見る目に、私は気づいてしまったからだ。
あまりにも優しくて、「この子、本当に可愛いな」「将来、俺の子どもはこうしたいな」と小さくつぶやくほどだった。
私は、彼がやはり子どもを望んでいるのだと知った。
けれど医師には、私の子宮の発育が十分ではなく、自然妊娠の可能性は低いと言われた。
あの数年、私は市内の婦人科や不妊治療クリニックを片っ端から回った。処方された薬を飲み続け、毎月排卵日を計算して、基礎体温をつけ、採血でホルモン値を調べ、超音波検査で卵胞の状態を確認した。
奏多は、そんなことを何も知らなかった。
妊娠できたら、彼を驚かせるつもりだった。
ようやく、私は妊娠できたのだ。
本当は今日、みんなの前でこの嬉しい知らせを告げるつもりだった。
けれど、もう必要なかった。
彼はとっくに父親になっていたのだから。
私は目を閉じた。ずっとこらえていた涙が、あとからあとからこぼれた。
泣き疲れたあと、私は検査結果の紙を細かく破り捨て、懇意にしている弁護士へ電話をかけた。
「離婚したいんです」
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