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四度目の婚姻届、もうあなたを待たない第2話

この話は約1974字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

翌朝早く、蒼士が寝室のドアを軽く叩いた。

目を覚ますと、蒼士はもう着替えを済ませていた。

白いシャツに、黒いスラックス。

昨日と同じ服装だった。

「起きろよ」

昨夜よりも、いくらか穏やかな声だった。

「先に写真を撮り直して、それから市役所へ行こう」

蒼士を見つめた瞬間、胸が鈍く一度脈打った。

消えかけた灰の奥で、小さな火種が再び灯ったようだった。

顔を洗い、メイクをして、シャツにもう一度アイロンをかけた。

家を出る直前、蒼士のスマホに電話がかかってきた。

玄関に立ったまま、私の指先には少しずつ力が入った。

蒼士は私を一度見ると、そのままスピーカーモードに切り替えた。

由良の甘く弱々しい声が流れてくる。

「蒼くん、二人の邪魔をするつもりじゃなかったの。今日は写真スタジオを予約してるんだ。つらかったことに区切りをつけたくて、記念写真を撮ろうと思って」

由良はそこで言葉を切った。

「でも、急に午後まで待ってほしいって言われたの。一人で待っているのが、少しつらくて……」

蒼士は数秒、黙り込んだ。

次に何を言うのか、私にはもう分かっていた。

案の定、蒼士は私を見た。

「先に写真スタジオへ行こう」

私はかすかに口元をゆがめた。

「それから?」

「俺たちも結婚の記念写真を撮り直すんだし、ちょうどいいだろ。一緒に撮ればいい」

ごく当然のことのように言った。

私たちのために取っておいた時間を由良に譲ることなど、蒼士にとっては大した問題ではないのだろう。

写真スタジオには、すでに由良が来ていた。

オフホワイトのワンピースを着て、髪を肩まで下ろした姿は、清楚で無垢に見えた。

私を見ると、由良は申し訳なさそうに笑った。

「千紗、二人の邪魔にならない?」

私が答えるより早く、蒼士が口を開いた。

「大丈夫だ」

カメラマンが受付票を手にやってきた。

「どなたから撮影しますか?」

蒼士は由良を見た。

「由良からお願いします。やっと気持ちが落ち着いたところなので」

私は脇の椅子に座り、由良が背景布の前に立つのを見ていた。

1枚目では、由良の笑顔がぎこちなかった。

蒼士がそばへ行き、顔にかかった髪を整えてやった。

「そんなに硬くなるなよ。昔みたいに笑えばいい」

2枚目では、由良がスカートの裾がきれいに広がらないと言った。

蒼士はしゃがみ込み、裾を丁寧に整えてやった。

3枚目を撮る前、由良は蒼士の指輪を見つめた。

「ちょっとだけ貸して。昔のことに区切りをつけるためだから」

冗談めかしてそう言うと、蒼士は自分の指輪を外し、由良に渡した。

その指輪が由良の手の中に収まるのを、私はただ見ていた。

私が選んだ指輪だった。

内側には、私と蒼士のイニシャルが刻まれている。

カメラマンが気まずそうに私を見た。

「藤岡様、先にメイクを直されますか?」

私は自分の頬に触れた。

メイクが崩れていたわけではない。待ち続けたせいで、口紅が少し薄くなっていただけだった。

由良の撮影は、1時間以上続いた。

ようやく私たちの番になると、私は由良の手にある指輪を見て、静かに言った。

「もう返してあげて」

由良は今気づいたかのように目を落とし、かすかに笑った。

「ごめん。さっき、強く握りすぎちゃった」

蒼士が手を伸ばす。

「気にするな」

受け取った指輪を、ティッシュで丁寧に拭いた。

その手つきを見ているうちに、初めて自分の指輪をはめた日のことを思い出した。

少しきつかったので、外すのを手伝ってほしいと蒼士に頼んだ。

けれど蒼士は由良への返信に気を取られ、顔も上げなかった。

「せっけんをつければ抜けるだろ?」

あの日、私の指には一周、赤い擦り傷が残った。

ようやく蒼士が私の隣へ来た。

カメラマンがカメラを構える。

「もう少し、お二人の距離を近づけてください」

蒼士はスマホに目をやった。

「早めにお願いします。由良がまだ昼を食べていないので」

シャッター音が響いた。

写真の中の私は背筋を伸ばし、こわばった笑みを浮かべていた。

蒼士は写真を一度見ただけだった。

「これでいいです」

カメラマンがためらう。

「お連れ様のお顔が少し硬いようですが、撮り直しますか?」

蒼士はもう上着を手に取っていた。

「写真なんて、写ってさえいれば十分です」

これで十分。

蒼士にとって、私との結婚までその程度のものだったのだ。

スタジオを出ると、由良が蒼士の袖をそっとつまんだ。

「蒼くん、この前のお店のパスタが食べたい」

蒼士が由良に顔を向けた。

「行こう」

二人は肩を並べて歩きだした。

陽射しに包まれた後ろ姿は、撮りたての一枚のように見えた。

私はそのフレームの外に立っていた。

数歩進んだところで、蒼士がようやく振り返った。

「千紗、何をぼんやりしてるんだ?」

私はバッグから、さっき撮った写真を取り出した。

端から少しずつ破っていく。

細かな紙片が、ごみ箱に落ちていった。

自分でも驚くほど、声は穏やかだった。

「二人で行って。今日はもう、婚姻届を出さない」

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