原則は私に、特別扱いは彼女に第2話
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私は言葉を失った。
すると創真は眉をひそめた。
「最近は手術続きなんだ。そんなことまで覚えていられるか。手ぶらで来なかっただけ、礼儀は尽くしただろ」
あの日、母は笑ってその場を取り繕った。
「気にしなくていいの。食卓が華やかになるだけでも嬉しいから」と。
けれど夜になると、母の肌には人知れず発疹が出ていた。私を悲しませまいと、母は最後まで黙っていた。
胸の奥が鈍く痛んだ。
私のためには曲げられなかった原則を、創真は莉奈のためなら簡単に曲げた。
私の話は覚えていられないと言ったのに、莉奈のことは何もかも覚えていた。
特別外来で楽しそうに笑い合う二人を見ているうちに、自分がひどく滑稽に思えてきた。
この3年間、私は何度も自分に言い聞かせてきた。
創真はただ無愛想なだけ。
気持ちを言葉にするのが苦手なだけ。
誰に対しても、感情より規則を優先する人なのだと。
けれど、違った。
彼は優しくできる。細やかに気遣うこともできる。
大切な人のためなら、どんな一線でも越えられる。
ただ、その相手が私ではなかっただけだ。
……
「お母さん、病室に戻ろう」
もう問いただす気はなかった。揉める気にもなれなかった。
答えは、目の前に出ていた。
母を病室へ送り届けたあと、会計を済ませ、薬を受け取り、診察結果を医師に確認した。
病室に戻ると、母はもう眠っていた。
スマホが何度も震えた。すべて仕事のグループチャットからの通知だった。
ノートパソコンを開き、企画書の修正に取りかかった。
本当は、ひどく疲れていた。
明け方から予約を取り、母の検査に付き添い、入院手続きを終えるまで、丸一日で口にしたのはパンを半分だけだった。
それでも、休むわけにはいかなかった。
働いて、母の治療費と手術費を稼がなければならない。
創真には彼の原則があり、助けてはくれない。
ならば私は、誰にも頼らずに済む人間になるしかなかった。
仕事を終えたときには、午前2時を回っていた。
病室には、医療機器のかすかな作動音だけが響いていた。母はまだ眠っていた。
コップを手に給湯室へ向かうと、その入口に創真がいた。
白衣姿の彼は、目元に疲れをにじませていた。
私に気づくと、自分から歩み寄ってきた。
「顔色が悪い。どこか具合でも悪いのか?」
見上げた彼の顔に、廊下の明かりが落ちていた。
3年間、好きだった顔だった。
冷ややかなほど端正で清潔感があり、俗世のわずらわしさなど決して寄せつけないように見えた。
私は彼を見つめ、かすれた声で口を開いた。
「創真。明日、お母さんが専門医に診てもらえるよう、予約を取ってくれない?」
その言葉を聞いた瞬間、彼の表情が変わった。
顔から穏やかさが消え、見慣れた困惑だけが残った。
「美緒、俺の原則は分かってるだろ」
原則?
その言葉を聞いた途端、思わず笑いがこぼれた。
「じゃあ、莉奈は?」
不意に、辺りが静まり返った。
創真は思わず聞き返した。
「莉奈を特別診療枠で診てもらえるようにしていたこと、知ったのか?」
私が黙っていると、彼はため息をついて説明した。
「美緒、莉奈は事情が違う。昔から体が弱いんだ。それにそそっかしくて、アレルギーのことも忘れるし、けがをしても黙ってる。長年、俺が面倒を見てきたから、もう習慣みたいなものなんだ」
ごく当然のことのように言った。
特別扱いをしているつもりなどなく、ただいつもどおりに手を差し伸べただけなのだろう。
そのほうが、例外だと言われるよりずっと残酷だった。
習慣は、すでに彼の一部だった。
「莉奈は昔からあなたを必要としてきたから、原則を曲げてもいい。お母さんも年を取って、手術も受けて、誰かの助けが必要なのに、私の母親だから特別扱いする価値はない。そういうこと?」
創真の顔がこわばった。
「どうして、わざわざ比べるんだ?莉奈は妹みたいに一緒に育った幼なじみで、美緒は俺の恋人だ。比べるような関係じゃないだろ」
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