原則は私に、特別扱いは彼女に第3話
この話は約1524字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私はうなずいた。
目の奥が焼けるように熱かった。
「そうね。私はあなたの恋人だものね。だから聞き分けよくしなきゃいけない。あなたを困らせちゃいけない。
明け方から予約を取って、病院中を走り回って、治療費を払ったあとも徹夜で仕事をする。それで、あなたがほかの人にだけ特別なことをしてあげるのを、黙って見ていればいいんでしょう?」
声は次第に小さくなり、最後には自分でも聞き取れないほどになった。
創真は私を見つめ、ようやく何かに気づいたようだった。
手を伸ばして私に触れようとした。
「美緒、そういう意味じゃない」
私は一歩後ろへ下がり、その手を避けた。
たった一歩だった。
けれど、その一歩で、3年間目を覚まさなかった自分がようやく現実を見た気がした。
いつも彼の言い訳を代わりに探していた私。
傷つきながらも「平気」と笑っていた私。
聞き分けよくしていれば、いつか大切にしてもらえると信じていた私。
突然、どうしようもなく疲れた。
言い争うことさえ、もう力の無駄に思えた。
私は彼を見つめ、静かに告げた。
「創真、別れよう」
彼はその場で固まった。
意味が分からないという顔だった。
数秒して、ようやく眉をひそめた。
「お母さんを特別扱いしなかったから、それだけで別れるのか?」
喉が詰まる思いだったが、それでも、私はうなずいた。
「そう。それだけ」
創真は呆れたように笑った。
「美緒、今は感情的になってる。別れるなんて、勢いで口にするな」
私は彼を見た。
もう説明する気力さえなかった。
コップを持ったまま彼の脇を通り過ぎた。
「勢いで言ったんじゃない。もう決めたの」
創真が私の腕をつかもうとした、そのときだった。
突然、彼のスマホが鳴った。
莉奈からだった。
画面を見た途端、彼の眉間に浮かんでいた苛立ちが消えた。
「莉奈?」
電話の向こうで何を言われたのか、創真の声はたちまち優しくなった。
「怖がるな。今すぐ行く」
電話を切ると、私を見た。
「美緒、この話はあとでしよう」
私は答えず、お湯を手に病室へ戻った。
扉が閉まった瞬間、その扉に背を預けた。涙がようやく頬を伝った。
別れ話まで、莉奈のあとに回されるのか。
翌朝、会計を済ませて病室へ戻ると、扉が少し開いていた。
中から莉奈の声が聞こえた。
「おばさん、美緒さんを説得してください。おばさんのことで、創真に別れを切り出したんです。創真、昨夜はつらくて一睡もできなかったんですよ」
足が止まった。
母の声が震えていた。
「別れる?どうして急にそんなことに……」
莉奈は小さくため息をついた。
「聞いてないんですか?美緒さんはきっと言えなかったんでしょうね。親孝行な子だから、おばさんの病気が原因で二人がこんなことになったなんて、知られたくないんですよ」
頭の中で大きな音が鳴り、血が一気に頭へ上った。
勢いよく扉を開け、声を荒らげた。
「莉奈、何をでたらめなこと言ってるの?」
驚いた莉奈の手から保温容器が落ち、大きな音を立てた。中のお粥が床一面にこぼれた。
たちまち目に涙を浮かべた。
「美緒さん、おばさんにはいずれ分かることよ。今話しても、あとで話しても同じでしょう?」
怒りで体が震えた。
「いい加減なこと言わないで。出ていって!」
莉奈は唇をかみ、いかにも傷ついたような顔をした。
「でたらめじゃないわ。創真の家族だって、もともと気にしていたもの。おばさんは体が弱いし、これからも治療費や、いざというときのお金がかかる。どこの家だって考えることでしょう?全部、創真一人に背負わせるわけにはいかないじゃない」
私は莉奈の肩を押した。
「出ていってって言ってるの!」
それでも莉奈は母のほうを振り返り、言い続けた。
「おばさん、嫌って言っているんじゃないんです。ただ、美緒さんはまだ20代でしょう?」
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