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南風の吹く夕暮れに、さよなら第2話

この話は約1580字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

気持ちを落ち着かせて個室のドアを開けると、ちょうど帰ろうとしていた怜司と紗絵に鉢合わせた。

怜司が口を開く。今夜、私に向けた最初の言葉だった。

「紗絵を送ってくる。みんなは続けてて」

私は何も感じないまま、うなずいた。

「森川は、どこの大学に出願したの?」

学級委員長の声が部屋中に響いた。

「成績いいし、ずっと央星大学に行きたいって言ってたよね。試験、どうだった?」

今度は全員の視線が私に集まった。ドアのところまで行っていた怜司も。

自分の声が、静かに響くのを聞いた。

「央星には行かない。凪瀬大学に行きたいんだ」

央星大学は、初めから怜司の夢だった。私の夢ではなかった。

怜司の足が止まった。

ほんの一瞬だけ。

紗絵が袖を引くと、彼は何事もなかったように一緒に部屋を出ていった。

彼が本気にしていないのはわかっていた。あれだけ長く自分を追いかけてきた私が、諦めるはずはない。その自信があるのだ。

主役の2人が帰っても、騒ぎは続いた。歌い始める人、じゃんけんで盛り上がる人、集まってトランプをする人。

ソファに座っていると、スマホがまた震えた。見ると、塾の先生からの確認メッセージだった。明日までに、出願校最終確認を済ませるようにと書かれている。

画面を消した。私の中では、もう答えが出ていた。

お開きになってから、私は1人で歩道をゆっくりと家へ向かった。マンションの前まで来たところで、私は足を止めた。怜司が、そこに立っていた。

足音に気づいた怜司が、顔を上げた。

目が合った。中学2年の頃から見つめてきた、世界でいちばんきれいだと思っていた瞳が、今夜はなぜか、知らない人の目のように見えた。心臓がドクンと大きく跳ねた。

けれど、今度はときめきではない。

胸が、痛かった。

「帰ったんだ」

私たちの家は、廊下を挟んで玄関が向かい合っている。

私は3歩ほど離れたところで立ち止まり、うん、とだけ答えた。

「怜司」

呼び止めると、彼が振り返った。ふわりと香水が匂う。少し頭がくらむほどの、紗絵の香りだった。

私は尋ねた。

「今夜のあの手紙……どういうこと?」

街灯の下で、怜司の表情がわずかに変わった。気まずさが一瞬、顔をよぎる。

「学級委員長が読んだだろ」

「あなたが書いたんだよね」

「うん」

「本当に、紗絵に宛てて書いたの?」

「そうだよ」

そこまで答えると、彼の声に急に苛立ちがにじんだ。

「余計なことは考えなくていい。約束は守るから」

「約束?」

思わず乾いた笑いが漏れた。

「私に何を約束したの?」

彼がわずかに眉をひそめた。

私は大きく息を吸った。

「今夜、学級委員長があの手紙を読んでも、止めなかったよね。みんながあなたと紗絵をはやし立てていたときも、ひと言も否定しなかった。そのうえ家まで送って、あんなに長く2人きりでいて」

少し顔を上げて、彼を見た。

「最初から最後まで、私のことなんて一度も見なかった。

凪瀬大学に出願するって言ったときだけは見たけど。あれは私を見ていたの?それとも、まだ自分を追いかけてくるか確かめていただけ?

怜司、入試が終わったら付き合うっていう約束は、嘘だったの?」

彼の目を見つめているうちに、こらえきれず涙がこぼれた。

怜司は顔を上げ、眉を寄せたまま、しばらく何も言わなかった。

そのとき、彼の口元に気づいた。街灯はそれほど明るくなかったけれど、口の端についた薄い赤い跡は見えた。

今夜、紗絵がつけていたリップと、まったく同じ色だった。

私の視線に気づいた怜司が、一瞬動きを止めた。すぐに手で口元をぬぐい、その手に目を落としてから、ポケットに戻した。

私はうつむいた。どうしても声が詰まった。

「もう、わかった」

束の間、空気まで動きを止めたようだった。

次に口を開いたとき、彼の声は柔らかくなっていた。

「夕花、そういうことじゃないんだ」

少し間を置いて、続けた。

「約束をなかったことにするつもりはない。ただ、紗絵は……」

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