南風の吹く夕暮れに、さよなら第3話
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彼は黙り込んだ。
なんだか、おかしかった。こんなに長く好きだった人には、自分の本心を認める勇気さえなかったのだ。
もう、この人に何かを言い続ける気にはなれなかった。
階段に向かおうと背を向けると、腕をつかまれた。
「そうやって、僕を追い詰めるんだね」
心底失望したとき、人は取り乱さない。その瞬間、初めてわかった。
私は怜司のスマホを取り上げた。彼が反応するより先にケースを外し、背面との隙間から紗絵の証明写真を抜き取る。
掲示されていた順位表からちぎり取ったような写真だった。大切にしまっていたのだろう。傷ひとつついていない。
入試が終わった日、偶然目にしたものだ。友達同士で交換した写真かもしれない。たまたま拾っただけかもしれない。自分をだます理由をいくつも探したけれど、どれも苦しい言い訳にしかならなかった。
それ以来、あの写真のことは考えないようにしてきた。今、このときまで……
手の震えを、うまく止められなかった。
「本当に、私の思い違い?紗絵が好きじゃないって、言えるの?」
彼を見据えて、答えを待った。
けれど怜司は一瞬あっけに取られただけで、すぐに私の手から写真を取り返した。そして、写真の端を、傷つけないようにそっと整えた。
心が、一気に底まで沈んだ。
目の前の人に期待するものは、もう何もなくなった。
踵を返して、階段を上った。ほとんど同時に、背後で足音がした。彼が追いかけてきたのは、たった1歩。さっき個室でそうしたように、それきり足を止めた。
私の名前を呼ぶ声がした。
今度は、振り返らなかった。
……
部屋に入った途端、床にしゃがみ込んだ。体から力が抜けていた。長いことそのままでいて、しびれた脚をどうにか伸ばし、ようやく立ち上がった。
机の隅にある卒業写真に目が留まった。手に取って、じっくりと眺める。みんなの中で、怜司は隠そうともせず紗絵を見つめていた。優しく、まっすぐに。
その隣には、私と怜司だけで撮った写真があった。彼の顔には、何の感情も浮かんでいない。仕方なく撮影に付き合っただけなのが、隠しようもなく伝わってきた。
好きか、そうでないか。写真には、こんなにはっきり写るのだ。
写真を裏返して机に置いた。そうすれば、胸に込み上げる切なさまで押さえ込めるような気がした。
そのとき、パソコンのメッセージアプリのアイコンが光った。どうやら、怜司は私のパソコンでログインし、そのままログアウトを忘れていた。
引き寄せられるようにトーク画面を開いた。紗絵からだった。
【央星大学に出願した?】
怜司はすぐに返した。
【うん】
少しして、紗絵から嬉しそうな顔の絵文字と、メッセージが届いた。
【怜司、私のところに来てくれてありがとう】
そこで突然、アプリがログアウトされた。私のパソコンでもログインしたままだと思い出したのかもしれない。
画面の前で長いこと動けずにいた。頬が冷たく濡れていることに、遅れて気づいた。
どうして忘れていたのだろう。芸術系の進路を目指す紗絵の夢も、央星大学だった。
彼が央星を選んだ理由は、初めからずっと紗絵だったのだ。私は追いかける相手を間違えた。招かれてもいないのに、2人の世界に無理やり入り込んでしまった。
手の甲で乱暴に涙をぬぐっても、視界はぼやけたままだった。
机に広げた出願要項を、夜風がめくっていく。紙は1枚ずつゆっくり動き、最後のページで止まった。
その最上段には、央星大学の学校紹介だ。
誰もが知る通り、総合評価では凪瀬大学の方が央星大学より遥かに格上だ。学びたい分野だって、本来なら凪瀬にある。
それでも私が迷わず央星を選んだのは、ただ怜司がいたから。
今、その央星を諦める理由も――やはり怜司だった。
凪瀬大学の出願登録サイトは、まだ開いたままだった。
しばらく黙って画面を見てから、覚悟を決めたようにキーボードをたたいた。
確定しようとすると、画面に確認メッセージが表示された。
【登録内容をご確認ください。送信後は変更できません】
私はためらわず、【確定】を押した。
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