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南風の吹く夕暮れに、さよなら第1話

この話は約1723字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

大学入試が終わったあとのクラス会で、私たちは試験前に自分宛てに書いた手紙を、順番に読み上げていた。

高瀬怜司(たかせ れいじ)の番になると、彼は言った。

「僕が書いたのは、ラブレターなんだ」

思わず顔が熱くなり、私はうつむいた。入試が終わったら付き合おうと、彼は私に言ってくれたから。

みんなが一斉にはやし立てた。誰もが憧れる彼の心を射止めたのは、いったい誰なのか。

「絶対、紗絵でしょ。クラス一の美人だし、前からお似合いだと思ってたんだよね」

「私もそう思う!紗絵、怜司が理想のタイプだって言ってたし!」

「怜司、早く読んでよ。みんなで祝ってあげるからさ」

白石紗絵(しらいし さえ)は両手で顔を覆っていた。耳の付け根が、ほんのり赤くなった。

怜司は照れたように笑うだけで、否定しなかった。

せっかちな学級委員長がつかつかと近づき、怜司の手から手紙をさらった。

「学年トップの高瀬怜司が誰にラブレターを書いたのか、見せてもらおうか」

便箋を広げた委員長は、最初の1行に目を走らせるなり叫んだ。

「告白の相手は、紗絵だ!」

カラオケの個室が、静まり返った。直後、耳が痛くなるほどの歓声が上がる。

「クラス一の美人と学年トップって、最高の組み合わせじゃん!」

「おめでとう!」

誰かが隣の紗絵をせかした。

「ほら、紗絵も何か言いなよ!」

紗絵は顔を覆ったまま、耳までほんのり赤くして、小さな声で言った。

「怜司、私にも何も言ってくれなかったから……」

秘密がようやく明かされたかのように、はにかんだ笑みを浮かべる。

みんな笑っていた。みんな、2人をはやし立てていた。

私だけが、ただ呆然とそれを見ていた。頭の先から足元まで、冷えきっていた。

* * *

「森川夕花(もりかわ ゆうか)、何ぼうっとしてるの?ほら、席を空けて!」

誰かが私の名前を呼んだ。反応する間もなく腕を引かれ、立たされる。みんなはさっきまで私がいた席――怜司の隣に、紗絵を押しやった。

全身が冷え切るって、こういうことなんだ。真夏だというのに、個室の冷房は18度。しかも私は、冷たい風が吹きつけるエアコンの真下に立っている。体のどこにも、ぬくもりなんて残っていなかった。

去年の今日を、懸命に思い出す。

校舎の廊下の曲がり角で、怜司は私の行く手をふさいだ。口元の笑みを抑えるようにして、こう言ったのだ。

「夕花、入試が終わったら、付き合おう」

入試が終わったら、付き合おう。

その言葉を、私はもう一年近く、何度も心の中で繰り返してきた。

あのときの表情も、言葉のひとつひとつの響きも、曲がり角に差していた光も、漂っていた石けんの匂いも。何もかも、はっきりと。

けれど今、はやし立てるみんなの向こうで、怜司は少しかがんで紗絵の話を聞いていた。ずっと笑みを浮かべたまま。

不意に、学級委員長に肩をたたかれた。

「森川もスマホのライトつけて、上に掲げてよ。みんなで2人を祝うんだから!」

そのとき初めて、部屋の明かりが消えているのに気づいた。みんなスマホのライトをつけ、2人を囲んでいた。

目の奥が熱く、痛い。声が震えないようこらえながら、私は言った。

「ちょっと、お手洗い」

逃げるように部屋を飛び出した。洗面台で冷たい水を顔にかけて、ようやく胸の鈍い痛みが少しずつ引いていった。

トイレのドアが開き、紗絵と隣の席だった長谷川真帆(はせがわ まほ)が入ってきた。個室には入らず、洗面台に寄りかかって、小首をかしげながら私を眺める。

「あれ、こんなところでこっそり泣いてたの?」

私は何も答えず、蛇口を閉めた。

「自分の立場、わかってない人っているよね。どう頑張ったって釣り合わないのに」

そう言ってから、真帆はゆっくりと付け足した。

「紗絵と怜司は、住む世界が同じなの。あんたには無理。諦めなよ」

真帆が出ていき、ドアが閉まると、また私だけになった。

洗面台に両手をついて、鏡に映る自分を見る。平凡で、どこにでもいるような顔だった。

だから、怜司への想いは誰にも悟られぬよう、完璧に隠し通してきたつもりだ。

彼のほうからあの言葉をくれなければ、きっと私は学生時代を通して、成績表の順位が彼に近づく、それだけのことで密かに胸を躍らせていられたはずなのに。

こんなに惨めな思いをせずに、すんだのに。

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