南風の吹く夕暮れに、さよなら第1話
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大学入試が終わったあとのクラス会で、私たちは試験前に自分宛てに書いた手紙を、順番に読み上げていた。
高瀬怜司(たかせ れいじ)の番になると、彼は言った。
「僕が書いたのは、ラブレターなんだ」
思わず顔が熱くなり、私はうつむいた。入試が終わったら付き合おうと、彼は私に言ってくれたから。
みんなが一斉にはやし立てた。誰もが憧れる彼の心を射止めたのは、いったい誰なのか。
「絶対、紗絵でしょ。クラス一の美人だし、前からお似合いだと思ってたんだよね」
「私もそう思う!紗絵、怜司が理想のタイプだって言ってたし!」
「怜司、早く読んでよ。みんなで祝ってあげるからさ」
白石紗絵(しらいし さえ)は両手で顔を覆っていた。耳の付け根が、ほんのり赤くなった。
怜司は照れたように笑うだけで、否定しなかった。
せっかちな学級委員長がつかつかと近づき、怜司の手から手紙をさらった。
「学年トップの高瀬怜司が誰にラブレターを書いたのか、見せてもらおうか」
便箋を広げた委員長は、最初の1行に目を走らせるなり叫んだ。
「告白の相手は、紗絵だ!」
カラオケの個室が、静まり返った。直後、耳が痛くなるほどの歓声が上がる。
「クラス一の美人と学年トップって、最高の組み合わせじゃん!」
「おめでとう!」
誰かが隣の紗絵をせかした。
「ほら、紗絵も何か言いなよ!」
紗絵は顔を覆ったまま、耳までほんのり赤くして、小さな声で言った。
「怜司、私にも何も言ってくれなかったから……」
秘密がようやく明かされたかのように、はにかんだ笑みを浮かべる。
みんな笑っていた。みんな、2人をはやし立てていた。
私だけが、ただ呆然とそれを見ていた。頭の先から足元まで、冷えきっていた。
* * *
「森川夕花(もりかわ ゆうか)、何ぼうっとしてるの?ほら、席を空けて!」
誰かが私の名前を呼んだ。反応する間もなく腕を引かれ、立たされる。みんなはさっきまで私がいた席――怜司の隣に、紗絵を押しやった。
全身が冷え切るって、こういうことなんだ。真夏だというのに、個室の冷房は18度。しかも私は、冷たい風が吹きつけるエアコンの真下に立っている。体のどこにも、ぬくもりなんて残っていなかった。
去年の今日を、懸命に思い出す。
校舎の廊下の曲がり角で、怜司は私の行く手をふさいだ。口元の笑みを抑えるようにして、こう言ったのだ。
「夕花、入試が終わったら、付き合おう」
入試が終わったら、付き合おう。
その言葉を、私はもう一年近く、何度も心の中で繰り返してきた。
あのときの表情も、言葉のひとつひとつの響きも、曲がり角に差していた光も、漂っていた石けんの匂いも。何もかも、はっきりと。
けれど今、はやし立てるみんなの向こうで、怜司は少しかがんで紗絵の話を聞いていた。ずっと笑みを浮かべたまま。
不意に、学級委員長に肩をたたかれた。
「森川もスマホのライトつけて、上に掲げてよ。みんなで2人を祝うんだから!」
そのとき初めて、部屋の明かりが消えているのに気づいた。みんなスマホのライトをつけ、2人を囲んでいた。
目の奥が熱く、痛い。声が震えないようこらえながら、私は言った。
「ちょっと、お手洗い」
逃げるように部屋を飛び出した。洗面台で冷たい水を顔にかけて、ようやく胸の鈍い痛みが少しずつ引いていった。
トイレのドアが開き、紗絵と隣の席だった長谷川真帆(はせがわ まほ)が入ってきた。個室には入らず、洗面台に寄りかかって、小首をかしげながら私を眺める。
「あれ、こんなところでこっそり泣いてたの?」
私は何も答えず、蛇口を閉めた。
「自分の立場、わかってない人っているよね。どう頑張ったって釣り合わないのに」
そう言ってから、真帆はゆっくりと付け足した。
「紗絵と怜司は、住む世界が同じなの。あんたには無理。諦めなよ」
真帆が出ていき、ドアが閉まると、また私だけになった。
洗面台に両手をついて、鏡に映る自分を見る。平凡で、どこにでもいるような顔だった。
だから、怜司への想いは誰にも悟られぬよう、完璧に隠し通してきたつもりだ。
彼のほうからあの言葉をくれなければ、きっと私は学生時代を通して、成績表の順位が彼に近づく、それだけのことで密かに胸を躍らせていられたはずなのに。
こんなに惨めな思いをせずに、すんだのに。
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