凍てつく夜明けと、さよならの温度第2話
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胃が激しく痙攣し始め、過去の記憶が断片的に蘇った。
産んだばかりの頃、私は一人で浴室にうずくまり、ドアの外で泣き叫ぶ子供を放置していた。
凌雅は、私が振り回す刃物を何度も背中で受け止めながら、それでも優しく私の頭を撫でてくれた。
「俺がいるから、大丈夫だ……」
私の顔色をうかがいながら、子供をあやす役目も引き受けてくれた。
彼の言う通り、彼は良い「夫」であり、良い父親だった。
その記憶があまりにも美しすぎたから――私は効き目の遅い睡眠薬を選んだのかもしれない。ゆっくりと、去るために。
翌日、階下からガチャガチャという物音が聞こえ、私は眠りから叩き起こされた。
階段を降りた途端、全裸の女が目に飛び込んできた。
相沢華恋(あいざわ かれん)は私と目が合うと、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに申し訳なさそうに唇を引き結んだ。
「ごめんなさいね、やっぱり起こしちゃった。ちょっと避妊具を探しに来ただけなの。凌雅が車で待ってるから……」
そう言って両手を広げ、どこか挑発的な笑みを浮かべた。
「でも見つからなくて。あなたたち、普段は使わないの?」
どうやら、彼女も知っているらしい。
子供を産んでから、凌雅は二度と私に触れなかった。
興味がないと言い、仕事が忙しいと言い、私の症状を安定させるためだと言い訳を重ねてきた。
鏡に映る、太って崩れた自分の体。そして目の前にある、華恋のしなやかな裸身。
本当の理由なんて、わかりきっていた。
凌雅が入ってきて、私たちが対峙しているのを見た途端、慌てて華恋の体に残る生々しい痕を隠した。
「お前――」
凌雅は無意識に私を見て、慌てて言い直した。
「華恋、コンビニで買ってこいって言っただろ。なんで何も着ないで……」
華恋はそのまま彼の胸に飛び込み、甘えた声を出した。
「だってあなたが待てないって言ったんじゃない。ここの方が近いんだもん」
凌雅は私にしたのと同じように華恋の頭を撫で、同じように優しくあやした。
あまりにも見慣れた光景だった。吐き気がこみ上げてくる。
押し殺していた怒りが、一瞬で理性を焼き尽くした。私は目の前の二人を力いっぱい突き飛ばした。
「出て行って!ここは私の家よ!」
華恋はよろめいて、信じられないという目で私を見た。
「林原!」
凌雅は目を真っ赤にして怒り、華恋を背中にかばった。
「物を取りに来ただけだろうが。怖がらせるな!」
彼の瞳に映る私は、理不尽に暴れる狂人そのものだった。
激しい感情が渦を巻き、次の瞬間、私は血を吐いた。
床に広がる暗い血を見て、凌雅は息を呑んだ。
「……なんだよ、これ。詩乃、病気は治ったんじゃなかったのか?」
私はどうしていいかわからず、その場に立ち尽くした。
体内の薬が、効き始めたのだ。
口を開いて真実を告げようとした瞬間、華恋が「痛っ」と声を上げた。
「あなた……足首、ひねっちゃったみたい。痛い……」
凌雅は痛ましそうに眉をひそめた。振り返って私を見る目には、嫌悪が滲んでいた。
彼が華恋を抱きかかえて出て行った後、溜まっていた涙が一気に溢れた。
感情を殺す練習は、何度もしてきたはずなのに。
狂ったように家中の物を壊した。そして惨めな姿で片付けた。最後の体面だけは守りたかった。
床の血を拭き終わった直後、母が危篤だという知らせが届いた。
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