何年過ぎても、君とはもう逢えない第2話
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「どいて、道を開けろ!」
聞き慣れた声が耳に飛び込んできたかと思うと、次の瞬間、瑞希の体はふわりと抱き上げられていた。
「阿部社長が来た!本物、めっちゃかっこいい!」
瑞希がけがをしていないか、どれほど痛い思いをしたかなんて、誰も気にしていなかった。誰もが羨ましそうな目で、浩一が彼女を抱き上げる姿を見つめていた。
二十人ほどのボディガードに守られながら、浩一は彼女を抱いたまま、一歩ずつ人混みの外へ出ていった。
瑞希を車に乗せ、自分の膝の上に座らせると、脚や手の擦り傷を見て、浩一の胸がたまらなく痛んだ。
「レストランで待っててって言ったのに、どうして一人で出てきたんだ?痛むか?手と脚のほかに、どこかけがしてないか?」
「大丈夫よ」瑞希は痛みをこらえながら、そっと手を引っ込めた。
浩一は安心できず、どうしても病院で検査を受けさせると言い張った。
移動のあいだ中、彼は彼女を抱いたまま下ろそうともせず、傷ついた手をそっと包んではふっと息をかけ、頭を撫でながら優しくあやしていた。
「大丈夫だ、もうすぐ病院に着くからな」
その心配そうな表情は偽物には見えなかった。さっき現場で見せた焦りも、嘘には思えなかった。
あれほど私を愛し、大切にしているのなら、どうしてほかの女を愛して、毎晩のように抱けるのだろう。
瑞希にはわからなかったし、わかりたいとも思わなかった。
彼がいとおしむように彼女に口づけようとしたとき、瑞希は顔をそむけてそのキスを避けた。
「キスしないで。汚い」
浩一は、彼女の顔が汚れていると言われたのだと思ったのか、甘やかすように彼女の顔を包み込み、その頬に強くキスを落とした。
「汚くなんてない。俺の嫁さんがいちばん綺麗だ」
汚いのはあなたよ。瑞希は心の中でそうつぶやいた。
浩一は軽い潔癖症で、人に自分や自分の物を触られるのを嫌っていた。けれど七歳のとき、泥だらけだった彼女を阿部家へ連れ帰ったのは、ほかでもない彼だった。
今この瞬間も、土埃にまみれた彼女の頬に、ためらうことなく愛おしさのこもった口づけを落としていた。
彼はかつて言っていた。自分の体も心も、受け入れられるのは彼女だけで、彼女以外の誰にも触れさせない、と。
今になって思えば、その言葉はあまりにも皮肉だった。
胸をえぐられるような痛みは、きっとこういうことを言うのだろう。
ほどなくして病院に着いた。
浩一は瑞希を抱いて車を降り、付き添って検査を受けさせた。
結果を待っているあいだ、医者が消毒液を持ってきて、瑞希の脚の傷の手当てを始めた。
薬液が傷口に触れて、少ししみた。瑞希は痛みに眉をひそめた。
「てめえ、もう少し手加減しろ――」浩一は医者を足で蹴りのけ、低い声で言った。「俺がやる」
そう言うと、彼は瑞希を横の椅子に座らせ、医者の手から消毒液と綿棒を受け取った。
そのとき、脇に置いてあった浩一のスマホが、トントンと数回音を立てた。
LINEのメッセージだった。
瑞希がちらりと視線を向けると、ちょうど「美ちゃん」という名前で登録された相手から届いたものだと見えた。
【ウサギのおまわりさんに変身して、オオカミさんを捕まえに行くよ。制限時間は十五分。来なかったら、ウサギのおまわりさんは別の人を捕まえに行っちゃうからね】
ロックがかかったままだったので、瑞希に見えたのは文字だけで、画像までは見えなかった。
けれど見えなくても、だいたい想像はついた。おそらく、際どい自撮りだろう。
ここ数日、ある裏アカで、彼女はそういう投稿をいくつも見ていた。
瑞希がひと目見た瞬間、スマホは浩一にさっと取り上げられた。
浩一は手にしていた綿棒と消毒液を置き、スマホを持って素早く文字を打ち込んだ。
瑞希には何と返したのかわからなかった。ただ、送信を終えた彼が立ち上がり、彼女に向かってこう言った。
「瑞希、急用ができた。朔夜をここに残して、お前の付き添いにしてもいいか?」
御影朔夜(みかげ さくや)は浩一の秘書だった。
「ええ、用事があるなら行っていいわ」瑞希は頷き、淡々と答えた。
握ってもこぼれ落ちるだけの砂なら、いっそ自分の手で撒いてしまえばいい。
「ほんとにいい子だな。薬を塗り終えたら先に帰っててくれ。俺も用が済んだらすぐ帰って、お前のそばにいるから」
浩一は瑞希の髪を撫で、それから再び薬を手に取った医者に向かって言った。
「もっと優しくやれ。瑞希は痛いのが苦手なんだ。結果が出たら俺に連絡しろ」
浩一は去っていった。
瑞希は一人、病室で検査結果を待ちながら、手持ち無沙汰でスマホを取り出し、SNSを眺めた。案の定、美桜の裏アカに、たった今投稿されたばかりの内容が上がっていた。
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